祖父母と暮らした生活の匂い〈高齢者のリハビリ 最終回〉

2024年0802 福祉新聞編集部

敷き詰めた布団に寝ていると、額に冷たいものが落ちてくる。横にいる祖父が「雪だ、雪だ」と騒ぎ出す。見上げると、反り返った天井の板の隙間から小さな雪が舞い込んでいる。祖父と私、感動して見上げていると「早く眠れ」と祖母の声。そして、電気を消す。しばらくすると、また祖父が「星だ、星だ」と騒ぎ出す。祖父の寝ているところから、天井の隙間と瓦の隙間を通じて、ひと粒の星の光がもれている。外は粉雪まじりの風が吹き、布団の中は暖かい。祖父と私は寄り添ってわずかな隙間から夜空の星を眺めていた……。

敗戦後、一文無しで引き揚げてきた祖父母と両親。住み着いた六畳二間のおんぼろ長屋。そこで私が生まれました。貧しいながらも居心地の良い場所でした。祖父母が亡くなってもう久しくなりますが、私の記憶の片隅には祖父母の暖かな感触が今になっても残っています。

後に看病疲れで倒れ、入院したまま帰ってこられなかった祖母。そして認知症が進み、床ずれだらけで亡くなった祖父。医療への矛盾や怒りを感じながらもなすすべはなかったわが家の状況。そんな出来事を思い出しながら、大学を卒業した後、就職せずに理学療法士の学校に入学しました。理学療法士になってからは急性期の病院でお年寄りや障害がある患者さんに関わり、数多くの人の肩や手、膝や足に触れさせてもらいました。その後、5年後には医大に進み、38歳で何とか医者になることができました。

それからさらに長い年月が経ちました。いままでたくさんの人を診させていただきましたが、どれほどの病気や障害にきちんと対応できたでしょうか。毎日ばたばたした臨床の現場で、これからどれだけの人とちゃんと関わりがもてるでしょうか。反省は多く、不安もいっぱいです。

しかし、どのような状況であろうとも、私の中にある祖父母と暮らしたあの生活の匂いと、あの暖かな感触だけは忘れないようにしようと思っています。それは私自身の中にあって私自身を癒やすすべであり、それなしには人にはうまく関われない、と思うからです。

笑顔ひとつ、声掛けひとつでたいそう喜んでくれる患者さんがいます。肩に手を添えただけで、満面の笑顔を見せてくれるお年寄りがいます。私から差し伸べた気持ちが実は私自身を癒やし、そして元気づけてくれるものとして返ってきます。人との関わりの中で医療や介護がなされ、生活に出会うところにその目的があります。

そんな関わりと生活との出会いを大切にしながら、これからも臨床に携わっていけたら、と思っています。暖かな感触と生活の匂い。関わる私たち自身が自分を癒やすすべをもちながら……。

おわりに

福祉新聞でこの連載を始めて100回を超えました。ここに至るまで、現場のスタッフたちがリハビリや介護の実践を述べてきました。内容は多岐にわたりますが、人に関わる温かな思いが読者のみなさんに伝わったことと思います。

この連載がお年寄りの笑顔につながることを切に願っています。企画してくださった福祉新聞社に深く感謝しています。

筆者=稲川利光 令和健康科学大学リハビリテーション学部長。カマチグループ関東本部リハビリテーション統括本部長