視線の動きは心の動き〈高齢者のリハビリ101回〉

2024年0726 福祉新聞編集部

私は長年、精神疾患がある人のリハビリテーションに携わってきました。その過程で「視覚認知機能」をテーマに研究もしてきました。この研究を始めたのは、慢性の統合失調症の人が作るゆがんだ陶芸作品や、色と図柄が原画とはかけ離れた模写を見たことがきっかけです。その人たちがスーパーで目的の品物をスムーズに探せないことや、対人交流がうまくいかないということにも気付き、もっと観察してみたいと思うようになりました。

視覚認知機能の評価は、簡単な探索課題をスクリーンに提示して、視線を追跡できる機器(アイマークレコーダー)を用いて、視線と見ている箇所や注視時間などを測定して行いました。その結果、統合失調症の人は健康な人と比べて、視線の動きが少なく、全体を見ることがなく、目的とする行動をとるために必要な箇所を注視して認知すること、見る対象が人であれば相手の表情を認知することが困難であることなどが分かってきました。

脳血管障害や認知症の人らの視覚認知機能も評価しました。左半側空間無視症状を呈する人はその重症度にも影響されますが、左の空間に視線が動かないことが確認できました。また、左半側空間無視の有無や脳の障害部位と重症度にかかわらず、脳血管障害がある人の多くに何らかの視覚認知機能障害があることも分かりました。入院中の検査や病棟生活では露呈せず、退院した後、「忘れ事や探し物が多い」といったことに家族が気付くことがありますが、そこには視覚認知機能障害の影響があることも考えられました。

以上のような研究を続けていく中で、統合失調症や脳血管障害の人の多くは視覚認知機能障害があること、それが日常生活や対人交流に影響することが分かってきました。同時に、自己肯定感や自己価値観を高めるような活動を用いた注意訓練や、生活技術のアドバイスを行うことで、視覚認知機能が改善する可能性があることも分かってきました。

認知症患者の評価

認知症の人に対して行う改訂版長谷川式簡易知能評価スケールで、「これから五つの品物を見せます。隠すので何があったか言ってください」という検査をします。言語指示を理解して、品物をちゃんと見ているのかを確認します。注意散漫などで指示が通らず、品物を見ていなければ回答できないことが予想されます。そこで、五つの品物=図=をスクリーン上に見せて、その視線をアイマークレコーダーで記録しました。

評価で見せる物品

 

認知症の人が視線で五つの品物を捉えていたことを確認した後、品物が見えない状態にしてから「先ほど見た品物があった場所をもう一度見て、そこに何があったか思い出して言ってください」と指示しても、視線は品物が写っていた部分には向かず、つい今しがたのことであっても品物の記憶をたどることが困難でした。

認知症の人は、瞬間、瞬間で物事を捉えて過ごしています。その瞬間はおろそかにはできません。その人の視線は心模様を表現しているように思えます。認知症の人には、回想法・現実検討訓練・脳トレなどを集団で実施することが多いと思います。集団で記憶をたどるということも大切ですが、一人ひとりに寄り添いながら、今、この時、この瞬間を大切にして、時間と空間を共有すること、そしてその連続が失いかけた「私であること」を豊かにするのではないかと思います。

筆者=中山広宣 令和健康科学大学 リハビリテーション学部 作業療法学科 教授

監修=稲川利光 令和健康科学大学リハビリテーション学部長。カマチグループ関東本部リハビリテーション統括本部長