車いすに座れる人の生活〈高齢者のリハビリ 65回〉

2023年1027 福祉新聞編集部

医療や介護の現場では、「車いす生活になって……」という言葉をよく耳にしますが、一口に車いす生活といっても、状況はさまざまです。手や足こぎで自身の移動が可能な人、座位が安定せずリクライニングや頭部保持が必要な人など。

 

今回は、座位での作業を通して活動性が向上した人の事例を紹介します。

もう死んだ方がマシ

訪問リハビリで関わっていた木村さん(仮名、70代女性)は、脳卒中後の後遺症で左の手足にまひが残り、何とか自宅退院はできたものの、歩行が難しく車いすが必要でした。

 

病前は家事全般や畑仕事、老人クラブなども行われていた活動的な人だっただけに、「家族の負担になりたくない」「もう死んだ方がマシ」と悲観的になることがしばしばありました。役割の喪失から生きがいをなくして臥床傾向となり、だんだん食事量も減って栄養失調に陥っていました。

 

身体機能的には安定した座面であれば長く座ることができ、左手も補助的にモノを押さえることが可能だったため、木村さんの能力を生かして何かできないかと考えました。

孫のために

関わりの中で、徐々に木村さんの生活史や思いを聞き取ることができました。裁縫が得意で、昔はこどもたちのために学校で必要な体操服入れや小物などをすべて手作りされていたこと、同じ敷地内に住むお孫さんの成長を一番の楽しみにされていることなどが分かりました。

 

そこで、ご家族やケアマネジャーとも相談の上、木村さんと共に「孫のために保育園で使うバックを作る」という目標を立て、とりあえず3カ月間やってみることにしました。

 

まずは片手用の自助具を利用しながら雑巾作りに挑戦し、「最近は便利な道具があるもんだね」「あれ、意外とできたね! まあ雑巾くらいはね」と謙遜しながらもうれしそうでした。

 

次は歯磨きセットを入れる巾着袋作り、その次はミシンを用いて……と、段階付けて取り組みました。ご家族と一緒に生地を買いに行き、作る工程をお孫さんに見てもらいながらコミュニケーションを取ることで本人もやる気が向上。週2回ずつの訪問リハとデイサービス以外でも、テーブル上での洗濯物たたみなど、離床して何かしら作業する時間が多くなりました。「やっぱり動くとお腹がすくね」と徐々に食欲も回復し、栄養状態も改善してきました。デイサービスにも協力を仰ぎ、通所中にも裁縫作業などを行ってもらいました。

 

その結果、3カ月後には着替え入れ用ナップザックを作ることができ、お孫さんの喜ぶ姿を見て「ああ、こんな私でもまだできることがあるんだ……」と涙され、ご家族や私たちも胸が熱くなりました。リハビリにも積極的に取り組むようになり、排せつ動作も介助量が軽減しました。

意味のある活動

このように、座れるだけで活動の幅は拡がります。実際、家事や趣味の活動において、ましてや就労においても、「デスクワーク」と言われるように座位で行える活動は多岐にわたります。

 

大切なのは、歩けなくても片手が使いにくくても、本人にとって意味のある活動をすることです。そしてその活動は、結果として生きる喜びにつながり、耐久性向上や健康的な生活の維持につながるかもしれません。

 

筆者=鬼塚北斗 新武雄病院

 

監修=稲川利光 令和健康科学大学リハビリテーション学部長。カマチグループ関東本部リハビリテーション統括本部長