認知症とコミュニケーション〈高齢者のリハビリ 64回〉

2023年1020 福祉新聞編集部

認知症の人が安心して過ごせる空間(時間)づくりをするための第一歩は、適切なコミュニケーションをとることです。皆さんは、認知症の人とコミュニケーションをとる中で、「話がなかなか通じない」「目線が合わない」「声を掛けると急に怒り出した」などといった経験をしたことはないでしょうか。

 

認知症の症状は千差万別で、正解がないことはご承知と思いますが、先のように共通した特徴もあります。認知症の人は、種々の認知機能の低下によって、自身を取り巻く環境をうまく捉えられない(処理できない)状態となっています。

 

我々、医療・介護に携わる人間は、職業人として、認知症の人の特徴を正しく理解してコミュニケーションをとっていく必要があります。

カクテルパーティー効果

カクテルパーティー効果という言葉をご存じでしょうか。我々は、多くの人がそれぞれに会話をしているような騒がしいパーティー会場でも、不思議と自分が会話をしている相手の声を聞き取ることができます。これをカクテルパーティー効果といい、自分に必要な情報に対して選択的に注意を向ける、認知機能の一つと言われています。

 

認知症によって注意機能が低下している場合はどうでしょうか。認知症の人が過ごすフロアは、多くの音(情報)にあふれています。スタッフコールの音、スタッフや他の入所者の会話、テレビの音声。このような中では、「○○さん」と声を掛けてもなかなか注意を向けてもらえなかったり、会話の内容をうまく処理できなかったりするのは、無理のないことかもしれません。

 

ほかにも、注意機能の低下は視野にも影響します。認知症の人の視野は、極端に狭くなっているようです。これは、白内障や加齢に伴う視力の低下に加えて、視覚情報に対する注意の選択性が低下していることが影響していると思われます。自分に見えていないところから急に声が聞こえてきたら、びっくりするのは当然ですね。場合によっては、当たり前の声掛けが、その人への「攻撃」と捉えられてしまうかもしれません。

ゆっくりと優しく そして「笑顔」で

記憶力や見当識の低下によって不安の渦中にある認知症の人に対して、不用意なコミュニケーションの取り方をしてしまうと、不安を助長してしまうことは想像に難くありません。

 

基本は、自分に注意を向けてもらえるように工夫することでしょう。しかし、やみくもに大きな声で注意を引かせるような行動は逆効果です。その人の見えている範囲を把握して、そこに自分を収め、「ゆっくり」と「優しく」「笑顔」で話し掛けることが肝要です。

 

当たり前の事ですが、臨床の上では、努めて意識しなければなりません。このようなコミュニケーション技術に関しては、「ユマニチュード」が非常に詳しいです。フランスで生まれたコミュニケーション技法で、多くの施設で取り入れられ始めています。当院でも普及に向けて取り組んでいます。

 

「安心」を届けるために、まずは日々のコミュニケーションを見直してみてもよいかもしれません。

 

筆者=仲村康樹 下関リハビリテーション病院 副主任

監修=稲川利光 令和健康科学大学リハビリテーション学部長。カマチグループ関東本部リハビリテーション統括本部長