認知症の人の「あなたらしさ」支えるために〈高齢者のリハビリ 63回〉

2023年1013 福祉新聞編集部

認知症の人を理解する上で大切なことは「評価」です。認知症に関する評価方法は多岐にわたりますが、「MMSE」や「HDS―R」といった認知機能そのものの評価に加えて、BPSD(認知症の人の行動・心理症状)を評価するツールも多く存在します。BPSDの出現頻度と重症度および介護者の負担度を数量化できる「NPI―NH」や「DBDスケール」などが代表的です。

 

こういった評価ツールを総合して認知症の人を理解していきますが、一番大切なのは評価数値の裏に潜む「患者の思い」や「その人らしさとは何か?」を知ることです。認知症の人は、認知機能の低下や環境の急激な変化によって「自分らしさ」を発揮できない状態になっています。そういった状況にあっても何とか「自分らしくあろう」ともがき苦しんでいます。それが「BPSD」として表れるのです。具体的な例をみてみましょう。

 

認知症を患ったAさんが、あなたの勤務するフロアに入所してきました。認知症は進行しており、見当識障害や記憶障害から、自身の置かれている状況が理解できません。Aさんの表情は硬く不安気で、「帰らなくちゃ」と出口を求めて歩き回ります。スタッフが根気強く付き添いますが、「ほっといてちょうだい!」と取り合ってもらえません。「大変な人が来た」と頭を抱えながらも、過去の経験や認知症に関する知識を使って対応方法を考えます。しかし、得てしてうまくいかないものですよね。なぜでしょうか?

 

Aさんの場合は、いわゆる「徘徊」と呼ばれる症状が表れています。徘徊し攻撃的になっているAさんですが、この「徘徊」「攻撃」といった言葉自体にフォーカスしてAさんを捉えようとすると、落とし穴にはまってしまいます。なぜなら、Aさんにとっては徘徊も攻撃も、自身の置かれた世界に何とか折り合いをつけようとしてとった自然な行動だからです。

 

我々にとっては問題行動に見える徘徊や攻撃性を、Aさんからの具体的なメッセージとして捉える必要があるのです。

 

Aさんの話は実際に私が経験したことです。似たような経験は多くの人が持っていると思います。根気強く寄り添いましたが、Aさんの行動は落ち着きませんでした。Aさんの「思い」や「Aさんらしさ」に寄り添えていなかったので、当然ですね。

 

Aさんはとても愛情深い人で、お孫さんの塾のお迎えが日課だったそうです。家族からその話を聞いた日、いつものように歩き回るAさんに「お孫さんのお迎えの時間ですか?」と声を掛けてみました。お孫さんの話をしながらしばらく一緒に歩いていると、Aさんは徐々に落ち着いて、自分の足で部屋に戻りました。正しい対応であったかは分かりませんが、「Aさんらしさ」を少しだけ満たせたのかもしれません。徘徊という言葉や行動そのものに目を奪われると、Aさんはただの「認知症を患った人」になってしまいます。我々にとっての徘徊は、Aさんにとってはとても大切な時間だったのです。

 

認知症の人の「あなたらしさ」を支えるためには、何が必要なのでしょうか。日ごろの評価を振り返ってみたいと思います。

 

筆者=仲村康樹 下関リハビリテーション病院 副主任

監修=稲川利光 令和健康科学大学リハビリテーション学部長。カマチグループ関東本部リハビリテーション統括本部長