社会福祉法人風土記<11>紀之川寮 上 終戦後、路上生活者に救いの手

2016年0404 福祉新聞編集部
向井嘉久藏理事長(左)と久和さん

紀ノ川は奈良県から和歌山県を西へ流れて紀伊水道へ注ぐ。全長約136㌔。その中流、和歌山県橋本市の高台に社会福祉法人「紀之川寮」は建つ。

 

母体は救護施設「悠久の郷」(定員190人、旧名・「紀之川寮」)だ。平成になって紀ノ川の脇に設けた障害者支援施設「悠久の杜」(同50人)とあわせて運営している。

 

■路上生活者の世話から

 

その昔、市は弘法大師・空海の開いた高野山への宿場町として栄えた。高野街道、伊勢(大和)街道がクロスする交通の要衝だ。和歌山市、奈良市、大阪市へ電車で1時間前後で着く。大阪のベッドタウンでもある。

 

 

「足の便がいいので戦後間もなく、路上生活者が神社の軒先などで寝てましてね。見かねた私の父(向井久朋・2代目法人理事長、元橋本市議会議長=1914~91年)が世話を始めたんです」

 

創設者の向井久朋2代目理事長

 

いま法人の舵を取る3代目の向井嘉久藏理事長(78)は思い出す。地元高校の野球部をへてプロ野球・毎日オリオンズへ入り、投手として3年間プレーした。40代で橋本市議を皮切りに政界へ。県議6期。県議会議長も努めた重鎮だ。代々の家業である米穀店は二男が継ぎ、長男の久和さん(45)は「悠久の郷」施設長を務めている。

 

創設者の久朋が路上生活者の面倒を見始めたのは1953(昭和28)年のこと。「バカヤロー解散」(衆院予算委で吉田茂首相が社会党議員の質問に「バカヤロー」と暴言)や労働争議などで世情騒然とした年だ。生活困窮者は増え、橋本へもやって来た。

 

■出発は県社協施設

 

 

県内には当時、生活保護法に基づく救護施設は1カ所だけ。対応しきれない。このため橋本市が現在地の高台約3600平方㍍を県社協へ無償貸与する形で協力。定員30人の寮を1957(昭和32)年に建て、翌年に社会福祉法人へ移行した。初代理事長には市長が就いたが、やがて2代目理事長になる久朋(1974~91年在任)が事実上初めから経営を担ったといってよかろう。

 

初年度の入寮者は男性17人(平均年齢41・7歳)、女性16人(同40・7歳)の33人。貧しい国民の暮らしを映し、ひとりの食費は1日わずか60円だった。が、「自助」を求められた。5人の職員と利用者はともに額に汗して野菜を作り、ニワトリやブタを飼った。

 

 

「もともと宿場町で開放的な土地柄。互助精神もある。畑で取れたスイカを青物市場へ持ち込んだり、逆に魚を買って利用者に振る舞ったり。でも、父(久朋)が自分の店からコメを持ち出し、集金を滞らせていた話は聞きました。措置費が低い時分でしたからね」(嘉久藏理事長)。

 

■紀ノ川で洗濯

 

 

世話も大変だった。寮は高台。昭和30年代、市営水道はまだなく、井戸水頼り。洗濯機は1台だけ。利用者の失禁した布団を約2㌔南の紀ノ川まで背負って運び、足で踏んで川原で干した。高野山の宿坊から古い浴衣や布団をもらった。家を恋しがって泣く人に添い寝も。「涙があれほどあると初めて知った」と寮母の一人は振り返る(2007年『悠久の郷50周年誌』から)。

 

久朋は自転車で毎日のように寮へ来ては、「おい、元気でやっとるか」と利用者へ声掛けしたという。「といっても理事長室はなく、夏には金だらいの水に足を突っ込んで扇子でパタパタあおいでましたな。むろん無報酬。いまも同じですわ。私の机? 空いたイスに掛けて書類づくりなどします」(嘉久藏理事長)。こだわる様子はない。
16年前、民間会社にいた久和さんを呼んだ。

 

■急増する定員

 

 

定員は年々膨れ、1割の超過が認められる今、利用者は200人に迫る。働けない人、地域で暮らせない人、独居生活のムリな人、精神科病院を出たものの行くあてのない人。制度のはざまでさ迷う人たちが近畿はおろか、関東地方からも来る。90歳から30代まで平均年齢は68歳と高い。

 

寝たきりを含め入浴や食事の介助が必要な人は60人近い。「高齢化のうえ重複障害を持ち、専門的なケアは不可欠」と久和施設長。職員の7割は介護福祉士だ。それでも職員の配置基準は「6対1」。高齢者介護施設の半分である。月々の措置費は利用者1人当たり約20万円。介護保険を使えば月10万円は多い勘定だが、救護施設は保険適用の対象外である。

 

一方で割りばしの袋入れや市内のマンションで清掃作業などをし、自立へ歩む。「生活保護受給者や刑を終えた人が目立ち出し、セーフティーネットはますます重要になっている」と嘉久藏理事長。頭の痛いことに、重度化・高齢化は比較的若い人の多い「悠久の杜」でも似た状況になりつつある。

 

週4日開店する施設内の喫茶店。少しでも町の雰囲気をとステンドグラスをあしらう。コーヒー1杯50円。店員も利用者だ=悠久の郷

 

【横田 一】