[新機軸]福祉法人が地域に新しい風を 救護から保育まで(東京)
2024年02月28日 福祉新聞編集部創立70周年を迎えた社会福祉法人村山苑は、救護をはじめ高齢、障害、保育の各施設を、東京都東村山市で運営している。周辺にも保育所を開設して、広く地域に貢献してきた。2019年に国が策定した「健康寿命延伸プラン」に沿った事業に率先して取り組むなど、法人挙げて地域に新しい風を吹き込んでいる。
村山苑の原点となる救護施設「村山荘」の手塚真一理事・施設長(62)は「生活困窮者の最後の砦として重要度が高まっている。草創期には戦禍の影響で困窮した知的障害の人が多くを占めていたが、70年たった現在は7~8割は精神疾患の人たちだ。全国には救護施設が186カ所(入所者約1万7000人)あるが、どこも同様だろう。時代が変わっても、生きづらさを感じている人の尊厳を守り、日々寄り添っていくことをみんなで心掛け、取り組んでいる」と話す。入所者が地域で、自立して生活することも、地域移行として支援し、13年には制度のはざまで困っている人を対象にした生活相談所を開設している。
明治学院中学、東村山高校長だった泉隆・元理事長(1925~2013年)は「村山苑だより」第4号(1999年12月)で次のようにつづっている。
「嵐に直面して村山苑で働く我々は、工としての専門性を磨き、利用者一人一人のサービス(愛のまなざしと愛の行為)に徹することにより、どこまでも福祉の担い手としての自覚と誇りをもって働きたいものである」
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「高齢の人に施設での自由度を高めて『ちょっと一杯』も尊重して、その人その人の生きるニーズに応えた、人が人らしく日常生活を送れるように努めることが大切」と柔らかな笑顔で話すのは、前特別養護老人ホーム「ハトホーム」施設長で現在は「ほんちょうケアセンター」責任者の畠山千春理事(69)。センターは東京都のプロジェクトで、幼老統合ケアの施設として、2011年に開設された。通所、訪問、居宅支援、東村山市委託の生活相談事業と村山苑における在宅サービスの拠点にもなっている。
救護、特養、保育所と同一敷地内にある福祉事業センター(1978年開設)は知的、発達障害の人たちの特性を生かした就労支援を行い、企業との就労のマッチングに積極的に取り組み成果を挙げている。同時に施設内の作業工賃アップにも腐心している。それは作業する人たちの表情や姿を見て、担当職員がそれに応えようとしている姿で、受注企業からの信頼も厚い。
「現在、地域向けには公園での紙芝居、育児相談も含めた育児講座を開いている。保育園を取り巻く環境も変化しているが〝たくましく生きていく力を育む〟をモットーに、ぶれることはない。預かるこどもたちは私たちの生きる教科書でもある。法人が運営する四つの保育園から私たちがエネルギーをもらっている」と、この保育園グループ一筋35年のベテラン、舩木芳枝理事・つぼみ保育園長(57)は、園児をいとおしそうに語る。
法人の前事務局長で就任6カ月目になる相原弘子理事長(66)は「それぞれの施設で培ってきた機能を今こそ、地域に役立たせてもらいたい。法人の存在意義はセーフティーネットの一つとして地域を幸せにする一助になること。今まで以上に行政にも働き掛け、連携を深めていきたい。それに応えられる私たちでありたい」と明快に抱負を語る。
村山苑 1952年に東京都文京区で保護施設を開設した財団法人明照会(創設者・宮東孝行、克子氏)から社会福祉法人村山昭和寮として分離独立。60年に村山苑に改称した。2013年、生活困窮者相談事業開始。16年、品川卓正前理事長ら、地域公益の視点から東村山市に社福連絡会を設立し、村山苑はその一翼を担う。現在、救護施設2、高齢者施設3、保育所4、障害者福祉サービスなどを運営する。職員数は440人。