ベビーバスケット~賛育会の挑戦(最終回) 歴史踏まえ原点回帰
2025年09月28日 福祉新聞編集部
東京都墨田区の社会福祉法人賛育会が今年3月に立ち上げたベビーバスケット(赤ちゃんポスト)や内密出産に必要な費用は、寄付など法人独自の資金で賄われている。公的な制度もなく、行政からの補助もない。それでも開設を決断した背景には、法人誕生の経緯が大きく関係している。
下町の母子を支援
法人理念にキリスト教による隣人愛の実践を掲げている賛育会にとって、ベビーバスケットの開設は、100年前に法人が誕生した原点に立ち返るためだった。
賛育会は1918年、東京大学YMCAの医師らが下町の貧しい母子らのための医療相談を無料で始めたのがきっかけだ。翌年には庶民を対象にした日本初の産院を開設。親のいないこどもを受け入れる乳児院の設置や、貧困家庭を対象にした保育にも取り組んだ。
一方で、時代のニーズにも正面から取り組んできた。
23年の関東大震災では、近隣の小学校で救護活動を実施。37年には乳児の家庭を訪問する「訪問看護婦事業」も全国に先駆けて行った。
60年代には高度経済成長に伴う核家族化の進行などにより、高齢者の介護が社会問題化。都内外で複数の特別養護老人ホームの整備に取り組んだ。近年では新型コロナ禍において、陽性の妊婦を広域から受け入れた。
現在、賛育会が墨田区で運営する病院は10の診療科を持つ。ただ、ほかにも特養や老人保健施設など16事業所を運営しており、法人全体で見ると事業収入は高齢者福祉の割合が多い。職員数は全体で2000人ほどだ。
未来への礎
そうした中、賛育会の役員ら幹部は創立100周年を踏まえ「原点に返り、母子の命を守る活動に取り組むべき」との思いを強くした。また2019年2月には、熊本で「こうのとりのゆりかご」を実施していた蓮田太二慈恵病院長(故人)の講演会に法人幹部らで参加したのも後押しとなった。
児童虐待の対応件数は増加を続けており、虐待死の数も減る気配がない。母子の救済から始まった賛育会にとって、支援を必要とする母子に手を差し伸べることこそが、法人の過去から現在、そして未来をつなぐ礎になる。これがベビーバスケットの開設に向けて動き出した原動力だ。
賛育会でプロジェクトを担当する大江浩事務局長は「社会福祉法人が存在するのは、目の前の社会的課題に取り組むためだ。全国には地道に活動を続ける社会福祉法人が多くあり、我々もその一つに過ぎない」と話す。
ただ、これまで各地域のニーズに応えてきた賛育会にとって、支援の対象が全国に広がることになる。
大江事務局長は「孤立する妊婦は個人の問題ではなく、私たち社会の問題として捉えてほしい」と語り、全国的な議論につながることを期待する。その上で「ベビーバスケットや内密出産への理解が深まり、みんなで母子を支えるネットワークの構築こそが重要だ。この瞬間も悩み苦しんでいる人は、誰かに助けを求める声を出してほしい」と呼び掛ける。
都は運用開始から2カ月が経過した6月、要保護児童対策地域協議会の下に、ベビーバスケットと内密出産の検証チームを設置することを発表した。母子への支援内容が適切だったかなどを調査する。
賛育会は今後も都と墨田区と協力関係を続ける方針だ。