立って歌いたい――自分らしい生き方を〈高齢者のリハビリ 96回〉

2024年0621 福祉新聞編集部

脳卒中は発症後、治療しても後遺症が残ることが少なくありません。身体が自由に動かせなくなり、運動まひ、うまく話せない構音障害、食べ物がのみ込みにくくなる嚥下障害などが残る可能性があります。私たちリハビリ専門職は限られた入院期間の中で治療に専念し、身体機能の回復と在宅復帰を目指しています。しかし、中には重度の運動障害や、さまざまな脳の機能障害を抱えたまま在宅へ戻る人がいるのが現実です。

今回は、脳卒中によって右手足の運動まひと、自由に話すことが困難となる失語症を抱えて自宅退院した人に対する訪問リハビリテーションでの関わり方を紹介します。

病前、この人は音楽家として活躍されており、歌うことをこよなく愛していました。脳卒中を罹患し、約半年という長期間の入院で治療とリハビリを続けましたが、運動まひにより1人で立つことは難しく、車いすでの生活を余儀なくされました。さらに、失語症という障害を残したまま自宅への退院となりました。

退院後は訪問リハビリを利用し、理学療法士と言語聴覚士が自宅での生活動作と家族とのコミュニケーションの獲得を支援することになりましたが、本人は右手足が動かない、思うように言葉が出ない、という障害に対して受容することができず、リハビリは難航しました。

そんな中でも本人の心のよりどころは「歌うこと」でした。失語症によりハッキリとした発音での歌唱は困難でしたが、楽曲に合わせてハミングしたり、発声したりすることはできました。リハビリを進めていく中で「立って歌いたい」という表出があり、理学療法士は福祉用具を活用した立つ練習、言語聴覚士は発声練習と音楽療法を取り入れ、本人の希望に沿ったリハビリを進めていくことになりました。

 

「立って歌うこと」を目指してリハビリに励む利用者

 

現在は人の手助けが必要ですが、立った姿勢を保ちながら歌うことが少しずつできるようになりました。歌うことで口や舌を動かしたり、発声したりする機会が多くなったことで、日常会話の中でも聞き取ることが可能な単語が増えている印象です。退院した当初より笑顔が見られ、生き生きとしているように感じ取れます。ここまでの回復は、1日の大半を共に生活する伴侶や、離れていても心を通わせる家族の献身的支援、近隣住民の協力という大きな基盤の上に築かれており、何よりも本人の「やりたい」という強い気持ちが成果に表れたのだと感じています。

リハビリを行っていく上で大切なのは、本人のやりがいや生きがいを見出すことだと考えます。障害を受けた人への機能回復のためのリハビリを提供することはもちろんのことですが、障害と向き合いながらも、自分らしく生きていきたいという本人、家族の気持ちに私たちは寄り添い、身心の回復を手助けするそんなセラピストを目指して日々働いていきます。

筆者=山岸和幸 明生リハビリテーション病院 理学療法士 副主任

監修=稲川利光 令和健康科学大学リハビリテーション学部長。カマチグループ関東本部リハビリテーション統括本部長