社会福祉法人風土記<3>広島新生学園 中 スポーツによる集団指導
2015年06月22日 福祉新聞編集部児童養護施設「広島新生学園」誕生の原点は、原爆投下当日の惨状にある。創立者の上栗頼登が焦土の中で泣き叫ぶ子どもたちを何とか救いたい、という使命感が天職となった。
戦後、引揚孤児、戦災浮浪孤児も多数引き受けたが、広島の施設である以上、原点を忘れるわけにはいかなかった。「園児同士の連帯感を持たせるためにも」と、1947年8月6日に初めて原爆犠牲者供養を催して以来、供養祭は今も毎年行われている。
「あわれ 業火に溶け尽きる生命なりせば せめてもの 水を捧げてあげしもの あまたはらから 悲しみの心よせあい天に舞う 燃ゆるあの日ぞ悔い深し」
東広島市西条町の広島新生学園の敷地内の慰霊碑・供養塔。平和の象徴の鳩の両翼を模した石碑に、廃虚を歩き惨状を目にした上栗の痛恨の叫びの言葉が刻まれている。
上栗の奮闘は、著名な映画監督の目にも留まった。世界の反核映画の第一号としてヨーロッパで高い評価を受けた映画「原爆の子」(1952年8月6日公開)のロケ撮影に、基町(今の広島市中区)時代の新生学園が使われた。
新藤兼人監督、乙羽信子主演のモノクロ映画は、原爆投下時に勤務していた幼稚園の女教師(乙羽)が数年後に、当時の園児の消息を尋ねて広島に戻ってきた、というストーリーだ。畑作業のシーンに、当時の園の孤児たちがエキストラで出演している。
連帯感に加えて上栗は協調性、順法性、責任感、忍耐力の大切さを強調した。ユニークだったのは、それを「スポーツによる集団指導」によって実現しようと試みた点だ。
そもそも、上栗自身がスポーツマンだった。水泳が得意で、戦前、旧制の広島県立福山誠之館中学の水泳部主将を務めたほど。背泳ぎ選手として戦後は広島県代表で国体に出場、また年代別大会に50歳代で出場し優勝したこともある。
1947年に収容施設は広島市内中心部の基町に移った。広島城と堀を隔てて対面する位置にある旧陸軍野砲隊跡地だ。ここでも上栗は園児を太田川などで泳がせた。
1971年には広島市の都市計画により、学園は24年いた基町から現在の東広島市西条町に移転した。それを機に経営主体も広島県同胞援護財団から分離独立して、新たに社会福祉法人「広島新生学園」の設立認可が決まり、現在に至っている。
社会福祉法人となったのを機に上栗は今までの学園のあり方をより具体化して、次のような「養護方針」を明文化した。
①スポーツによる集団指導により、協調性・順法性・責任感・忍耐力を高め体力の増進を図る。
②児童の自治活動を助長し、自主性・自律性・責任感を高める。
③学習環境を整備し、学習意欲を促進し、学力の増進を図る。
④余暇利用を積極的に指導し、創造性を高め個性を伸ばす。
⑤ボランティアを積極的に導入し、社会資源を活用する。
⑥ひまわり園(無認可保育園)の運営、グラウンド、プール等を地域社会に開放し、交流を図る。
新天地への移転の際にも上栗のスポーツ好きが生かされた。まずはプールを新設した。といっても当初は防火水槽として作られたものだが。上栗の長男、上栗哲男・現園長(66)が回想する。
「当時私は大学生でしたが、職員たちとみんなで穴を掘りました。それまでいた基町の旧陸軍施設から廃材や敷石を2㌧トラックに積みこんで、毎日3往復してここまで運びました。今プールの周辺に敷き詰めた敷石は頑丈で重い御影石で、8月6日の原爆を直接浴びたものでしょう、あちこちが今も赤く変色したままです」
大きさは縦25㍍横8㍍深さ1㍍で4コース。ろ過装置を付けて泳げるようにした。夏休みの2カ月間、全員が毎日泳ぎを楽しむ生活が44年間続いたが、それも今年が最後になる。来年から施設全体の建て替え工事が始まり、この場所に新しい寮が建つからだ。
「毎年、夏休みの最後に25㍍を泳ぐ記録会を開くが、みんな速くなっている。学校や市の大会でいい成績をあげるから、本人たちの自信になっています」と話す上栗園長が、プールのもう一つの効果を口にする。
「母親に虐待されて学園に来た子どもが、プールに入っても泳がずに潜ったりユラユラと漂っているだけ。どうしたのかと見ると、その時のその子の安らかな顔! 母親には憎しみを抱いていても、きっと母親の羊水の中で浮かんでいる自分を想像して癒やしを得ているんだなと思いました」
原爆孤児、引揚孤児、戦災浮浪孤児が学園の主役だったのは終戦の年から昭和30年代半ばまで。
戦後復興から高度経済成長の歯車が回り始めた1960年代には、学園に新たな問題を抱えた子どもたちが入ってきた。両親が離婚して家庭が崩壊した揚げ句に、親から肉体的・精神的な虐待を受けた子どもたちが学園の主流となった。日本社会が変容しつつあり、それは家庭の変質に顕著に表れた。
(網谷隆司郎)
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