施設の老朽化と運営の継続〈福祉施設長寿命化と再生①〉
2025年05月19日 福祉新聞編集部
近年、都市部では、老朽化した建物が密集する市街地において、都市機能の改新や防災対策を目的とした再開発事業が盛んに進められている。また、高度成長期に整備された都市インフラは、老朽化が進み、今後の再整備は大きな社会問題になっている。
高齢者施設を例に
社会福祉施設はどうであろうか。高齢者施設を例にみると、2000年の介護保険制度の導入を見据え、1990年から始まった「高齢者保健福祉推進10ケ年戦略(ゴールドプラン)」により、数多くの施設が次々に誕生することになる。制度導入後も新たに整備目標を定め、介護サービスの基盤は着々とつくられていった。建築設計業界において、社会福祉施設が医療施設や教育施設などと並んで、建築設計の一つのカテゴリーとして扱われるようになったのもこの頃であったと思う。ゴールドプランの初期に完成した施設は、今年で築35年を迎えることになる。
社会福祉施設の生涯
ざっくりと、社会福祉施設の生涯を考えてみると、完成から10年を過ぎたころから対症療法的な修繕や補修を繰り返すようになり、15年から20年で大規模な修繕を行う時期を迎える。さらに築30年から40年には、さらなる運営継続のため2度目の大規模修繕を行うか、新たなニーズに対応するため建て替えを行うかという選択を迫られることになる。ゴールドプラン以降、続々と造られた高齢者施設の多くは、経年による劣化を抱えながら、これからを再考する時期を迎えている=図。

築10年以上の特別養護老人ホーム数の推移
長寿命化・延命・再生
社会福祉施設は、地域にしっかりと根付いた大切な社会資源であり、時代のニーズに合わせながら、その役割を継続していかなければならない。設計者は、新しく建物を造ることだけでなく、現存する建物に寄り添い、適切な維持管理をサポートすることも大切な責務である。本シリーズ前半では、社会福祉施設のメンテナンスや補修、大規模修繕(改修)事業、老朽建替事業について、適切な時期やその方法を、長期的視点に立って示していきたいと思う。日々のメンテナンスや修繕は、施設の長寿命化につながり、大規模な修繕(改修)は、運営継続のための施設の延命となる。そして、老朽化に伴う建て替えは、利用者や地域の新しいニーズに応えるための施設の再生である。
ソフトとハードの再生事業
建物は時代のニーズに合わせ、時代に沿った価値観で造られる。社会福祉施設も同様である。いま、施設を計画する際に重要視されるのは、利用者にとっての快適性はもちろんであるが、職員目線での効率性や利便性、省エネルギー化、ICT(情報通信技術)化、感染症対策などである。ゴールドプランの頃に計画された施設には足りなかった視点であろう。
破損した箇所の修復であったり、失われた機能を元に戻すことが修繕であるのに対し、改修は単なる修復ではなく、現状より性能を向上させることや、新たな付加価値を付けることを目的としている。つまり、施設機能のグレードアップである。そして、老朽建替事業は、これまでの運営ノウハウを生かしながら、これからのニーズに合わせて新たな競争力を持つ施設に生まれ変わる、まさに再生事業である。大規模修繕(改修)事業や老朽建替事業は、ソフトとハードがともに生まれ変わることのできる絶好のチャンスと捉えるべきである。
本シリーズ後半では、大規模修繕(改修)事業や老朽建替事業の実例を示し、経営者が何を考え、何を変えていったかを伝えていく。経年劣化が進む既存施設のこれからを見据える一助になれば幸いである。
おぎはら・まさゆき 1963年生まれ。日本大学理工学部建築学科卒業、株式会社新環境設計入社、2013年同社代表取締役就任。一級建築士、日本医療福祉建築協会会員、東京都建築事務所協会所属。文京区建築士事務所協会理事。