社会福祉法人風土記＜９＞芙蓉会　中　県内初の養老事業に着手

2016年02月10日福祉新聞編集部

　「芙蓉会」のルーツ「富士育児院」の初代院長、渡辺代吉が障害児２人と孤児５人とともに船出した育児院だが、収容児が増えるにつれ、経営が困難になっていく。風呂敷包みを背負い、篤志家が提供してくれた大八車を引いて、日用品の行商をしたこともあった。

　地元の吉原駅のほか静岡、沼津駅の待合室に「慈善箱」を設置して募金もした。慈善箱は富士山頂にも設置されたという。手狭になった院舎は、渡辺が仏教からキリスト教に改宗するきっかけを作った宣教師、バラ博士らの資金提供で、富士市依田原に土地建物を購入して、移転することができた１９０５（明治38）年のことだった。

　富士育児院創立の経緯などが書かれた「富士育児院小観第三号」という冊子がある。１９１０（明治43）年に出版された小観は、その存在さえ知られていなかったようだ。岡山県立大学保健福祉学部の井村圭壯教授からの情報で、同志社大学の図書館に保存されていることが分かり、２０１１（平成23）年に復刻出版された。

　小観には「女子をして手芸に従事せしめ、幾分なりとも経費の扶助を得んと手芸部なるものを開設いたしました」などとも書かれ、富士育児院の創立以来８年間にわたる困難克服について記されている。財政的な基盤を持たず、米国人の善意からスタートした育児院経営は、地域の協力があって成り立ってきたことがよくわかる。

　育児院には１９１０（明治43）年に内務省による助成金など、公費による補助金が交付されるようになる。小観が出版されたことについて、みどり園の内藤順敬園長（84）は「一弱小の家族的集団が、公的に教育機関と同等の存在として認知されたことに、渡辺院長は感銘したのだろう」と話す。

　関東大震災が発生した１９２３（大正12）年には宮内省、内務省の助成、寄付金により、新しい院舎を建設移転することができた。翌年には御下賜金、内務省や静岡県の臨時補助金と、その他の寄付金で、院舎に約１２５平方㍍の建物を付設。「養老部」として県下で唯一の養老事業も開始するようになった。

　その育児院に芙蓉会の初代理事長になる戸巻俊一が訪れたのは１９２７（昭和２）年のことだった。戸巻は秋田県横手市の出身で、東北学院（現東北学院大学）神学部の学生だった。夏休みを利用して富士育児院を訪れたのは、友人から「朝起きると富士山が『おはよう』とあいさつしてくれる、すばらしい場所に施設がある」と言われてのことだったというエピソードがある。

　育児院を訪れた戸巻は健常の子ども２、３人のほかは障害を持った子どもたちと、身寄りのないお年寄りの姿に、さらにがんと闘病しながら奮闘している渡辺院長の姿に驚愕し、「何か、自分でもできることを」と、子どもたちの相手をし、寝たきりのお年寄りの看護などの手伝いをした。

　こんな逸話が残っている。渡辺院長はお年寄りのおむつ交換をためらう戸巻を見て、「実際に自分でおむつをして用便してみろ」といい、他の職員におむつ交換をしてもらうよう指導した。戸巻はそれを実行し、その体験からおむつ交換を積極的にするようになったという。みどり園の内藤園長は「渡辺院長には後継者がいなかったので、『こいつを』と見込んで、説得したんじゃないでしょうか。おむつ交換は、いわば“入社試験”みたいなものだったんでしょう」と話す。

　戸巻が育児院を訪れた翌（昭和３）年５月に、初代院長の渡辺が59年間の生涯を閉じる。自らの肉体を難行苦行にさらした渡辺は頭部のがん様腫瘍に苦しみ、あえいだ。顔面神経痛で口は曲がり、両手は木瘤のごとくで、壮絶な最期だったという。

　渡辺院長は生前、２歳年下のまつ夫人に施設を預け、寄付帳を持って廃品回収や行商をするなど二人三脚で施設運営をしていたので、育児院の２代目院長はまつ夫人が務めた。まつ夫人は１８７２（明治５）年、県内の御殿場生まれという以外、詳しい記録はない。経営を引き継ぐと同時に、「富士育児養老院」と改称するが、まつ夫人も３年後の１９３１（昭和６）年に急逝。紆余曲折をたどりながら、24歳だった戸巻が３代目の院長として、「富士育児養老院」を継承する。昭和の初めの軍国主義の台頭で、暮らしにくい世の中になり、経営の基盤だった募金も困難を極めていく。

（澤　晴夫）