【淑徳大・上】活学の妙諦を発揮せよ

2026年0204 福祉新聞編集部

千葉市中央区の淑徳大学は大巌寺〔浄土宗関東檀林(僧の学問所)18カ寺のひとつ〕のかつての境域にある。荘厳な山門から本堂へ至る石畳の両側に「学問之碑」が並ぶ。講義の合間、書物をかたどった石の碑文を見て歩く学生も目につく。
渡辺海旭(かいぎょく)(仏教学者・1872~1933)、校祖と呼ばれる輪島聞声(もんじょう)〔小石川伝通院に1892(明治25)年、名門「淑徳女学校」をつくった尼僧・1852~1920〕、吉田久一(きゅういち)(元日本社会事業大教授・1915~2005)……大乗淑徳学園の発展にも縁のある10人の学僧・学者たちだ。
「私の人生観は『感恩奉仕』の一語につきる」。学園を築いた学祖・長谷川良信(りょうしん)(1890~1966)の碑文はそう刻む。人に生かされ(感恩)、人を生かし(奉仕)、ともに生きる-大乗仏教の教えにもとづく学園の「利他共生」(together with him)精神である。

学祖・長谷川良信

校祖・輪島聞声尼

良信は茨城県の農家(元士族)の五男に生まれた。5歳の1896(明治29)年、同県の浄土宗「得生寺(とくしょうじ)」の養子に。宗門の芝中学(東京)を経て1910(同43)年、中仙道沿いにあり、当時は浄土宗立だった宗教大学(現大正大学、豊島区)へ進む。ドイツ滞在歴の長い海旭が住職を兼ねる西光寺(東京)で3年間起居を共にし、宗教学者の矢吹慶輝(けいき)(1879~1939)ら当代の名だたる教授陣に指導を受けている。
そのせいだろう。「『慕う師はおるか。師を求め、生き方を見、何かを感じ取れ』と父によく言われたものです」。次男の長谷川匡俊(まさとし)・大乗淑徳学園理事長(78)=歴史学者・大巌寺61世住職=は言う。

長谷川匡俊・大乗淑徳学園理事長

誰もが目を見張る在学中のエピソードが二つある。一つは不作で米価の高騰した本科1年の1912(大正1)年秋。困窮者や一家離散が増え、怒りの民は各地で米穀店を襲った。良信は学友と有力寺院から寄付を集め、大量購入したコメを東京の三つの寺で貧しい者へ安売り。今風に言えば学生ボランティアだ。新聞は「宗教大学生の快挙」と報じた。
もう一つは本科3年、1914年夏のこと。華厳経に登場する善財童子の求道の旅をわが身に重ね、東海から近畿へ至る約100カ所の福祉関係施設を訪ね歩いた。
もともと一徹な〝水戸っぽ〟である。仏の教え(慈悲・奉仕)を心に刻んで成長した。大学では「利他共生」精神にもとづき、「社会事業こそ仏教学徒として最善最要の任務」(『我が経歴及思想』1948年)と確信したようだ。
卒業し、東京市養育院の児童養護施設「巣鴨分院」(現石神井学園)で働きだす。400人を超える恵まれない子のケアは激務だったようで、半年して肺結核を発症。房総半島(千葉県)で1年あまり療養した。ある日、海辺でゴカイを探す漁師と出会う。
「小さな生き物さえ魚のエサに、また人(漁師)の役に立っている。死にぞこないの身だが、死ぬ気になって社会奉仕に尽くそう」
間もなく病状の落ち着いた良信は東京へ。宗門紙の記者、矢吹教授について外国文献の翻訳、そして自らも創設に関わった母校の社会事業研究室理事に迎えられる(1918年)。日本では初の研究室だった。
今その面影はないが、明治から昭和初期にかけ、東京でも一、二といわれるスラム街「二百軒長屋」など不良住宅が大学近くに広がっていた。東京府慈善協会の委託で長屋の調査に入ったのも理事就任の年である。秋には長屋で3カ月、単身生活を送った。住人の生活改善、労働者の地位向上、学校へ通えない児童に宗教大生とともに「実用夜学会」で勉強を教えた。神戸の貧民街に入った「西の賀川(豊彦)」に対し「東の長谷川」といわれる由縁だ。
学生によるセツルメント(隣保活動)といえば、関東大震災(1923年9月)をきっかけにした東京帝国大学生の活躍が有名だが、それより5年も早い。この外来語に初めて「隣保事業」の邦語をあてた良信の行動が、たとえ宗教の慈善的性格を持つとはいえ、「日本初の(学生)セツルメント活動」(長谷川匡俊)とされるのもあながち的外れではあるまい。
そして翌1919年、全国の浄土宗の有力寺院の寄付、東京府の補助金などを得て長屋わきに立ち上げたのが「マハヤナ学園」である〔マハヤナとはサンスクリット語で「大きな乗り物」(大乗)の意〕。保育、課外(日曜)学級、済生会派遣医師による医療・保健部、母子寮、簿記や裁縫の職業訓練など教育、労働の分野を加えた総合的な福祉拠点として。

学歌の碑、善財童子像の向こうにそびえるのが本部棟=千葉キャンパス

活動にあたり、良信は常に学生へ次のように呼び掛けた。
「大学の学生諸君!諸君は死学の奴隷たるを要せず、活学の妙諦を発揮せられよ」(「大学殖民運動を頌しょうす」1917年)。
その意図は<実用に適さぬ学問のしもべになってはならぬ。活きた学問を通し、優れた真理を世に示せ>とでもなろうか。宗教と社会事業、教育の三位一体で実践の道をきわめ、社会改良に尽くすべしとの信条だ。

 

淑徳大学メモ
 千葉、東京、埼玉の4キャンパスに総合福祉、コミュニティ政策、看護栄養、経営、教育、人文の6学部11学科がある。学生数約4800人。過去10年間で1000人以上の社会福祉士や精神保健福祉士を養成。特別支援学校教員の採用者数は全国屈指。
 学長=山口光治。
 長谷川仏教文化研究所、社会福祉研究所、アジア国際社会福祉研究所、ブラジル研修センター、特養「淑徳共生苑」など付属・関連施設を持つ。運営は学校法人・大乗淑徳学園。幼稚園から短大・大学まで一貫教育を目指す。

 

 

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