【淑徳大・下】広がる福祉マインド
2026年02月04日 福祉新聞編集部
2026各地に広がる焦土。悲惨な戦争に協力したという、じくじたる思いで宗教者・長谷川良信は敗戦の日を迎えた。「新日本再建…には女子教育と社会事業とが唯一最善の基盤となる」(『我が経歴及思想』1948年)。これまで以上に「事業の鬼」(吉田久一の評)と化していく。
終戦の前年、校祖・輪島聞声が明治の世に創立した名門・淑徳高女(浄土宗教育資団「淑徳」運営)の第8代校長に就任していた彼は、自ら経営する「大乗学園」との統一を模索。焼け跡の東京を脱し、新天地の埼玉県与野に1946(昭和21)年、淑徳女子農芸専門学校(3年制)を、さらに高等女学校と幼稚園をつくった。50年にはその前年に校名から「農芸」を外した女子専門学校(農芸、家政、社会事業の3科)を淑徳短大(農芸科、60年に板橋へ移転し社会福祉科増設)へ昇格させている。
一方、浄土宗伝通院もろとも空襲で焼け野原となった小石川の地から板橋へ移った淑徳高女(のち新制高校へ)を核に幼小中学校を、また大乗学園の発祥地・巣鴨には中高をそれぞれ併設する。49年には学園と資団を合併して財団法人「大乗淑徳学園」(翌年、学校法人へ)が誕生、理事長になっている。この総仕上げが自身が60世住職を務める大巌寺(千葉市)を地域の「文化苑」とし、その境域に4年制の福祉の学び舎を創設することであった。
念願は65年、社会福祉学部社会福祉学科の1学部1学科で船出する淑徳大学となって実を結ぶ。全国で4番目の福祉系単科大学だ。第1期生は61人。100人の定員を割り込んだ。2期生から増えていくが、3期生までは身内に社会事業や仏門の関係者のいる学生が目立ったという(『十年史』)。
「ぼくらの頃も目的意識のある学生が多かったね」と、全国でも屈指の規模の社会福祉法人天竜厚生会(静岡県浜松市)の伊藤栄常務理事(67)。まだ単科だった77(昭和52)年の卒業組だ。父が厚生会結成メンバーの〝福祉2世〟である。
草創期の面白さは何といっても創立者の心情に直に触れられることだろう。良信提唱の「接心会」で1期生は月1~2回は肉声を聞いた。「社会的な事業をやる者は、まず社会的正義に燃え、誠心誠意で事を」と学生を励ます。恩師との出会いや般若心経の話と幅広く、ときに長引く講話に「あくびをかみころす者やら、居眠りをはじめる者やらが出る始末」とユーモアを交えて1期生OGはつづっている(『淑徳大学広報』68年7月)。
ところが開学の翌夏、心疾患のため惜しまれつつ世を去ってしまう。
学祖を葬送して間を置かず、キャンパスは学園紛争の波に洗われだす。その少し前の高度経済成長期を挟み、高齢化や家族のあり方の変化、障害に対する理解の深化などを背景に価値観やライフスタイルは多様化。孤弱貧苦にとどまらず、全人的ニーズに配慮した福祉を求める声が大きくなっていく。1990年代に入ると、教室で得た知識や技術をいかに地域社会へ役立てるかが問われ出す。「専門的職業人(社会福祉のスペシャリスト)の養成から教養としての福祉教育」(『淑徳大学五十年史』)が不可欠になってきた。〝象牙の塔〟から〝開かれた大学〟への脱皮だ。
このため10年ほど前から1年次で選択できる専門の福祉系キャリア科目を設定。企業のトップを講師に話を聴き、大巌寺の町内会長らを囲んで学生たちは福祉ニーズに耳を傾けてきた。「他者に対する思いやり(福祉マインド)は施設などの現場でも民間企業や地域でも同じ。相手の求めている支援を実行し、力を引き出すことですから。福祉を学んだことに自信を持ち、社会へ羽ばたけと学生に言います」と、松山恵美子・社会福祉学科長(63)。専門はメディア情報学だ。
例えば-。金融機関の店舗にスロープを付ける、弱視の人に分かりやすい店内掲示、高齢者へのゆっくりした話し掛け。「利用者目線で考えるよう教えます。ソーシャルワーク自体、利用者の気持ちの代弁ですから」。同科で社会福祉士の国家試験対策も担当する藤野達也教授(57)=高齢者福祉=はこう解説する。
そのたまものか、学内の雰囲気は「優しい人が多い」と今春、都内の社会福祉事業団へ就職したOG(22)。車いすの学友にひと声掛けるなど小さな気配りもしかり。ただし、先輩の見方はいくぶん厳しい。学生時代にマハヤナ学園の児童養護施設「撫子園」(菊地悦子施設長)でボランティア活動し、そのまま職場にして25年を迎える指導員の中村聡一さん(47)=1995年社会福祉学科卒=は、「ひと昔前の実習生には福祉への思い入れの強い熱血派が多かった。最近は観察力に長けてはいるけど、冷静で細やかなタイプが目立つ」という。クールになっているのだろうか。

第1期生とともに学祖・長谷川良信(前列左から4人目)
学祖が残した一文「立って貧民を救え! 貧児を救え!貧民窟に入って一生を奉仕の生活に捧ぐべきだ!」(『出発点のころ』1959年)を入学式で紹介してきた前学長の磯岡哲也教授(65)=宗教社会学=は、「『利他共生』の利とは幸せのこと。大学の理念〝together with him〟のhimは、かつては貧しく、困っている人を指した。いま他者とはすなわち『衆生』(生きとし生けるもの)でしょう。グローバル時代にあって、自分の幸せだけでなく他者の幸せをともに考えよ、と11学科すべての学生に言っています。〝福祉の淑徳〟の方針です」と話す。
入学式を終えた今年4月。オリエンテーションで学内を巡り回る新入生の姿があった。「この方は淑徳大の初代学長です」。ひ孫世代の10人ほどが〝そうなんだ〟という表情で胸像を見上げた。コロナウイルス感染を恐れて全員マスク姿である点を除けば、例年と変わらぬ平和な光景である。

