社会福祉法人風土記<11>紀之川寮 下 地域に根を伸ばす模索続く

2016年0411 福祉新聞編集部
悠久の杜

「この写真の4人はここで亡くなりました。家族のつもりで飾っています」
和歌山県橋本市を流れる紀ノ川の堤防と接する障害者支援施設「悠久の杜」(定員50人)の地域交流スペース。利用者がクラブを作って楽しむパーカッション (打楽器)などの並ぶ広い部屋の壁に掛かった4人の遺影を河合馨施設長(58)は見上げた。

 

遺影を前に見送った4人をしのぶ河合施設長

 

複式簿記の知識を買われ、施設を運営する社会福祉法人「紀之川寮」(向井嘉久藏理事長)へ入った。その後、社会福祉士、精神保健福祉士、ケアマネジャーの資格を取ったファイトマンである。

 

「ターミナルケアもエンゼルケアもし、ここで葬儀をして見送った方々です。お墓も施設のものがありますから。今いる利用者にも同じことをするよと伝えると、安心した表情になります」

 

■大切な社会資源に

 

もっと知的障害者の施設を−行政に対し、こうした陳情が強くなり始めたのは1980年代という。「増税なき財政再建」の掛け声の一方、家で世話する親世代に高齢化の波が忍び寄ってきた時期だ。

 

和歌山県内にはこの種の施設が足りないとの事情もあった。

 

要望を受け、法人が「悠久の杜」を造ったのは2001(平成13)年である。土地は橋本周辺広域市町村圏組合より無償提供された約3800平方㍍。耐震構造の鉄筋一部3階建てだ。

 

「実は地元からはウエルカムで迎えられました」と河合施設長。そばに病院や県立高校がある。福祉施設が加われば、地域のステータスはもっと上がる、と町内会は進出を喜んだという。福祉施設は地域の大切な社会資源だが、その存在意義は認めつつ、できれば他所で…と毛嫌いするケースも少なくない中で、珍しいといえよう。

 

一つ条件があった。町内会の自家発電機を預かって、と。異論のあるはずはない。法人側も2台を導入、合わせて3台に増設した。

 

それだけではなく、法人独自に水槽(2㌧)を設け、「災害時はうちへ避難を」と応じた。地域にとって安全な空間の確保は大変心強い。町内会長や民生委員とも施設の評議員として交流、入所者は周辺自治体からがほとんどだ。

 

 

■福祉ネットワーク

 

 

施設内で箸の袋入れの作業やお金の使い方の学習をし、町へ出て買い物のやり方も教える。障害者総合支援法に基づく自立、社会活動への促し。

 

そのパワーアップを目指し、2008(平成20)年、橋本・伊都地域自立支援協議会を結成した。橋本市など周辺4市町内の社会福祉法人、福祉事業者、NPO、ハローワークなど12団体が障害者福祉のネットーワークを張り、相互の研修や協力に動く。協議会の権利擁護部会長でもある河合施設長は、互いに〝福祉のコンビニ〟という認識で分業化しようとしている。地域に5カ所の障害者グループホームがある。「『頑張れる間は在宅で。でも、イザとなったら悠久の杜で』と言われています」といくぶん複雑な表情だ。

 

■がん血液検査も

 

確かに、障害の重度化、高齢化には全国どの施設も手を打ちあぐねている。「悠久の杜」でいえば、いま作業は施設内だけ。開設から15年間の利用者像の変化は激しい。6段階ある障害支援区分の平均は5・3と高く、50人の平均年齢は51歳、うち12人が65歳を超える。

 

例えば、食堂の配膳棚。一人ひとりのトレーに名札が並ぶ。「刻み」「粗刻み」「麺刻み」「汁トロミ」「おかず少なめ」。えん下障害、ダウン症、胆石、腎臓障害、統合失調症など多岐にわたる症状に、きめ細かな調理とメニューで対処している。病院あるいは高齢者ケア施設を見るかのよう。

 

2016年度は、障害者権利擁護の意識を高めるため、新たにスタッフ研修に取り掛かる。人権擁護推進員から話を聞き、保護者や法定代理人らとの連携を密にしていくという。既に昨年度からは、術後じっとせず治療しにくい障害者のがん早期発見を目的に、血液検査(がんマーカー)を導入済みだ。なるべく手術を避けたい、と。

 

ケアの質を保つため、マンパワーを配置基準の「3対1」より厚めの「2・5対1」に増やしている。結果として、赤字を出さない程度の収支だという。

 

安らぎをもって障害者ら弱者が人生をまっとうできるように−福祉の原点だが、向井理事長は言う。「これからは障害高齢者の施設を分離、立ち上げる方法をもっと検討していかざるを得なくなるでしょうね」。

 

さらに地域へ根を伸ばすことを目指し、次のステップへの模索が続く。

 

【横田一】