何のために歩く? その人らしい目的を〈高齢者のリハビリ 71回〉

2023年1208 福祉新聞編集部

歩く目的は人それぞれにあります。私たちが関わる多くの患者の中には「もう一度歩いてトイレに行けるようになりたい」「孫と遊ぶために歩けるようになりたい」「歩いて仕事に行けるようになりたい」など、その人らしいさまざまな歩く目的に直面します。

 

以前、訪問リハビリに従事していた時の話です。

 

自宅で在宅酸素を使用しながら、奥さんと2人で自立した生活を送っていた80代の男性がいました。

 

玄関先で転倒し脊椎を骨折してしまい、急性期病院へ入院。当院の回復期リハビリテーション病院へ転院され、自宅退院することができました。

 

退院当初から当院の訪問リハビリを利用され、自宅生活が一通り落ち着きました。外出する機会は病院受診以外にほとんどなく、夕方にパートから帰ってくる奥さんをじっと待つ毎日。昼間何をして過ごしているのか聞くと、リビングの天井や壁に時々小さなクモが出てくるそうで、「今日は出てくるかいなー」と、リビングの天井や壁とじーっとにらめっこして毎日過ごしていると話していました。

 

日中の活動量が少なく、できていたはずの自宅内での伝い歩きが、徐々にふらつくようになってきました。活動量を何とか増やせないかと、退院する時に渡された自主トレや自宅周囲の散歩を促しましたが、「する意味(目的)がないんじゃ~」と悪気ない笑顔で話し、なかなか定着しません。

 

クモとにらめっこすることのほかに、元々魚釣りが趣味で毎週火曜日に奥さんが釣り新聞を買って帰ってくるのを楽しみにしていました。

 

私はおもむろにソファーに置いてあった釣り新聞を手に取り、「〝釣りに行くため〟だったら運動しますか」と聞くと、ニヤーっと笑いながら「それ(その目的)やったらやるがな! けど、酸素付いた状態で行けるわけないやろ!」と。私はすぐさま「それは〇〇さん次第ですよ」と、〝もう一度魚釣りに行けるようになる〟までのプランを提案し、新たな目標に向かった訪問リハビリが再スタートしました。

 

本人のモチベーションが下がりそうになるたびに「秋にハゼ釣りに行くんでしょ」と励ましながら、自主トレと、奥さんとの自宅周囲の散歩を続けたことで、徐々に自宅内の伝い歩きも安定していきました。

 

必要な福祉用具の準備も整い、待ちに待った余暇活動の再開を目的に、奥さんの運転で近所の海岸へ外出訓練に行きました。しっかりとした足取りとまではいきませんが、酸素チューブを付け、電動アシスト付きのシルバーカーを押しながら「釣ったるからなー。見ときーやー」と意気揚々と取り組みました。結果は大漁のハゼを釣り上げ、帰宅後に夫婦で天ぷらにしておいしく食べたそうで、大成功の結果となりました。これを機に最終的に奥さんと2人で定期的に釣りに出掛けられるようになり、訪問リハビリは終了となりました。

 

私はこの人との関わりの中で「その人らしい歩く目的」を引き出すことの重要性を改めて学ばせていただきました。その人が自然と意欲的になれる、その人らしい歩いた先の目標や目的を引き出し、共有することの重要性を改めて感じました。

 

筆者=良永幸一 香椎丘リハビリテーション病院 係長代理

監修=稲川利光 令和健康科学大学リハビリテーション学部長。カマチグループ関東本部リハビリテーション統括本部長