エピジェネティクスと発達障害〈コラム一草一味〉
2026年03月07日 福祉新聞編集部
林和彦 ひかり福祉会 代表理事・弁護士
人の細胞はすべて同じ遺伝子(DNA塩基配列)を持っている。この遺伝子自体を研究対象とする遺伝学(ジェネティクス)に対し、近年急速に研究が進むエピジェネティクスは、遺伝子の働き(発現)を対象にする。換言すれば、エピジェネティクスとは、遺伝子を変えることなく、遺伝子の発現(オン、オフ)を調節する仕組みをいう。これには塩基シトシンのメチル化、ヒストンタンパク質の修飾(アセチル化など)DNAを取り巻く因子が関わっている。この遺伝子の発現調節によって、遺伝子は同じでも異なる細胞が作られる。同じ遺伝子から姿・形の違う器官や臓器ができるのはエピジェネティクスによるものである。
エピジェネティクスの重要なことは、生まれつきの遺伝的要因(遺伝子変異)のほか、胎生期や生後の環境といった後天的な要因でも、遺伝子発現(働き)が変化してしまうこと、またこの変化には可逆性があることである。
最近の研究では、自閉スペクトラム症(ASD)などの発達障害について、胎児・乳幼児期の低栄養、環境化学物質の被爆、強いストレス(虐待)などによって遺伝子の発現調節に異常が生じ、これが障害の発症・重度化につながるとされている。反面、薬剤投与のほか、適切な食事・睡眠・運動や本人に共感・興味が得られる「良好な環境」の提供によって、遺伝子の発現調節を良い方向に戻すことができ、障害の改善、生活の質の向上につながるといわれている。この新しいエピジェネティクスという生物学的知見に対し、障害福祉関係者は、既存の支援との関連でどう向き合うか、今後の課題となろう。
一方、体細胞を多能性幹細胞に初期化するiPS細胞も、作製・再分化の過程で、エピジェネティクスが大きく関わることから、エピジェネティクス現象とされる。すでにヒトiPS細胞を使った創薬や再生医療による治験が行われている。ヒトiPS細胞の自動製造・自動分化装置の実験も進んでいる。関連遺伝子が数百以上とされるASDなど発達障害は、治験のレベルにはない。だが最近のiPS細胞医療の急速な発展からすれば、今後、障害福祉関係者もiPS細胞に無関心ではいられないようだ。

