〈東日本大震災15年〉福島の福祉、先見えず 経営難で撤退決めた特養も #知り続ける
2026年03月23日 福祉新聞編集部
東日本大震災から15年。復興が少しずつ進み、震災の教訓を後世に語り継いでいく大切さも強調されるようになった。しかし、原発事故による避難を余儀なくされた福島県双葉郡の町村では、今も新しい町づくりへの奮闘が続いている。福祉や介護もまだ先が見通せていない。現地の社会福祉協議会や介護サービスの状況を聞いた。
浪江町
浪江町社協の本部事務所が町内に戻ったのは、震災6年半後の2017年11月。生活相談や見守り支援などを行い、19年4月に訪問介護を始め、22年7月に新設された「ふれあい福祉センター」に移転し、通所介護も開始した。
1日現在、利用登録者は訪問介護が27人。通所介護は51人で、1日約15人が利用する。週2回通う女性(93)は東京に8年間避難し、町に戻った。「不自由な思いをしてきた。特に住まいが大変だった」と震災を振り返った。
利用ニーズは少しずつ増えており、4月から訪問介護は土曜日も提供する。しかし、職員は訪問介護4人、通所介護6人のため、「職員の負担が増えるのでサービスの拡充は簡単ではない」と佐藤祐一事務局長。
利用者は介護度が軽い人が多い。町内に病院や入所施設がなく、重度の人は町に戻りづらい。佐藤事務局長は「町外に避難していた6年半が空白になっている。当時はどう進んでいいか分からない苦しみがあった」と話す。
大熊町
大熊町では20年4月に町の福祉拠点が新設され、社協本部事務所が9年ぶりに町に戻り、認知症グループホーム(GH)「おおくまもみの木苑」(定員18人)も開設された。
復興へ期待を背負っての船出だったが、2月末現在、同苑の入所者は8人。職員が不足し、入所希望者も多くないため、9年間満床になることはなかった。経営難が続き、指定管理者の社会福祉法人おおくま福寿会は撤退。4月から別の事業者が引き継ぐ。町にはGHのほかに介護サービスはなく、必要な人は隣町のサービスを利用している。
2月末時点で町内居住者は1088人(帰還者339人、新規者749人)で、そのうち65歳以上は18%。新規居住者の大半が20~50代で「働き手の町になっている」と半杭裕明事務局長。
町には週2回、午前中のみ営業の診療所しかなく、ある程度自立している高齢者でないと暮らせない。そのため介護ニーズは少なく、半杭事務局長は「利用者が少ないのを分かっていて介護サービスは始められない」と話す。
富岡町
富岡町では22年4月に特別養護老人ホーム「桜の園」(定員50人)が開設。隣接する「トータルサポートセンターとみおか」(フィットネスジム、カフェ、ワークショップルームなど)を含め、社会福祉法人光美会(常盤峻士理事長)が指定管理者として運営する。
10日時点で特養入所者は36人いるが、開設後4年間、1ユニット(10人)は空床のまま。生活相談員の栗原健太さんは「帰郷する人は自宅で生活できる軽度の人が多いと感じる」と言う。
職員は30人。人材確保が思うように進まず、外国人介護人材を4人採用した。そんな中、同町の小中学校卒で、高校で福祉を学んだ鈴木亜佑菜さん(19)が25年4月に入職。「地元に貢献したくて迷いなく桜の園に決めた。いつも笑顔でいるよう心掛けている」と明るい。
空床が続いているため、「介護保険収入だけで賄いきれず、町の指定管理料(年1億円弱、センターとみおか分を含む)と合わせて収支はぎりぎり」と加藤弘司施設長は言う。町内での認知度は広がっており、今後、町外に避難している町民への周知を強化していく。
双葉町
原発事故で本部が避難した社協のうち、帰還できていないのは双葉町社協のみ。27年度を目安に戻れるよう協議中だが、確定していない。現在、町民避難者の多い福島県いわき市、郡山市、埼玉県加須市などで事業を行っている。木口加代事務局長は「社協は地域福祉を担っているので町に戻らないといけない。戻ってくれれば心強いという声もあり、もどかしさを感じている」と話す。

