〈論説〉高市政権の目玉政策 国民会議の舞台づくり
2026年03月21日 福祉新聞編集部
高市早苗内閣は早々に「社会保障国民会議」を発足させた。しかし、法的な位置付け、野党の参加促進、有識者や実務者の参画方法などは走りながら整える異例の展開だ。
国民会議と名付け、社会保障を論議する場は過去2回あった。福田康夫内閣による2008年の「社会保障国民会議」、旧民主党の野田佳彦内閣が設け、安倍晋三内閣へ引き継がれた12年の「社会保障制度改革国民会議」である。
両方の会議に委員で参画した筆者の体験も踏まえ、この手法で政策形成を図る意義を考えてみたい。
08年の国民会議は、社会保険庁の年金記録のずさんな管理、後期高齢者医療制度発足への世論の猛反発を背景に社会保障の再構築を目指した。
本会議と3分科会の委員は計50人。座長の吉川洋東大教授(当時)ら専門家を主に日本医師会会長や労組の「連合」会長、地方との連携を考え知事3人、市長3人も入った。
制度改革へ給付に見合う負担を割り出す財政シミュレーションに取り組んだ。例えば、急性期病院のスタッフ数を倍増し、平均在院日数を半減させ、退院者を在宅医療・介護の拡充で受け止める。そんな現在の地域医療構想につながる画期的な推計だった。
12年国民会議は、「社会保障と税の一体改革」の場として民主、自民、公明党の合意で創設された。清家篤慶應義塾長(当時)を座長に学識者15人のみ、団体代表も皆無だった。
報告書は、少子化対策を最優先に掲げた。医療・介護では「病院完結型」から地域で生活を支える「地域完結型」への転換を唱えた。これら合意事項の立法化が約束されていたのも大きな特徴だった。
二つの国民会議に共通したのは、政党が介入を控え、社会保障を「政争の具」にしない姿勢と仕組みだ。データ(事実)に基づいて負担と給付の在り方を討議し、財源は社会保険料や消費税に求めた。
「国民にはサービスを利用する権利と同時に制度を支える責任がある」(08年国民会議)
「すべての世代が相互に支え合う全世代型社会保障への転換」「世代間の財源の取り合いではなく、それぞれ必要な財源を確保」(12年国民会議)
今回は、自民、日本維新の会の与党議員を軸に政治優先の形で構成される。目的も「食料品の2年間消費税ゼロ」と、その代替財源5兆円の捻出策、「給付付き税額控除(減税)」の具体化と実施財源の確保が二本柱になる。
名前は同じ国民会議だが、新たな政策形成の試みである。減税先行ながら財源探しは負担増を伴う。政府と参加政党が国民に負担の在り方を問えるかどうか、注目したい。
みやたけ・ごう 毎日新聞論説副委員長から埼玉県立大、目白大大学院の教授などを経て現職

