【駒澤大・下】逸材育んだ建学の理念

2026年0428 福祉新聞編集部

自己を陶冶し成長

 「駒澤大学は『仏教』の教えと『禅』の精神を建学の理念、つまり教育・研究の基本とする大学です。仏教は、物事の本質の洞察に基づいて、あらゆるものを大切に扱う心を教えてくれます。仏教では、この洞察を『智慧』、この心を『慈悲』と言います。駒澤大学は、さまざまな学問を深く広く探求することをとおして、智慧を磨き慈悲の心を育みながら自己を陶冶し成長していく場です」(駒澤大学サイト、大学概要から)。
 2022年に140周年を迎えた駒澤大学にとって、この建学の理念は、多くの卒業生に受け継がれ、その生きざまの中に見ることができる。

日本NGO界の舵取り役

 1979年に勃発したインドシナ紛争によって発生した大量の難民を支援した日本NGO界の舵かじ取り役、有馬実成(じつじょう)(1936~2000)はその一人。
 仏教学部を1958(昭和33)年卒業後、山口県徳山市の原江寺住職になった。45年5月10日の徳山大空襲により日本海軍燃料廠などで働いていた朝鮮人が犠牲になり、遺骨四十数体がそのまま寺に置かれていたのに気付いた。朝鮮では、遺骨は祖先の地に埋葬されなければ魂は安らぐことはないと言われ、遺骨送還運動を始めた。県内全域の寺に呼び掛けたところ、約500体もの遺骨が集まり、最終的には韓国政府が在外韓国人の遺骨を祭るためにソウルの南にある天安市に造った「望郷の丘」に埋葬された。
 遺骨送還運動を経験した後、曹洞宗ボランティア会(現シャンティ国際ボランティア会)の活動をしていたところインドシナ難民問題が起きた。

有馬実成氏

長谷川明徳氏

 全国社会福祉協議会の医療チーム(医師、看護師ら84人参加、医師2人殉職)をはじめ個人や団体のボランティアが活動を始め、日本が組織的に海外で救援活動した初のケースだった。1980(昭和55)年2月には、「インドシナ難民救援活動連絡会」が設置され、連絡会の会長に就任。参加27団体の連絡、調整や外務省、国連機関などとの情報交換にあたった。
 その後も、「慈愛の衣類を贈る運動」を全国で展開。1995(平成7)年の阪神淡路大震災では被災者支援に取り組んだ。多忙の中で2000年9月18日、64歳で死去。
 遺稿集「地球寂静(じゃくじょう)」(アカデミア出版会)に寄稿したシャンティ国際ボランティア会の松永然道会長(当時)=静岡市清水区、宗徳院住職=は「ボランティア活動は、『よわもん』(弱者、罹災者、難民)といわれる人の立場で、その人たちと同じ目の高さで、同じ視野で見、考え、事を行わなければならない。有馬実成師は現代に生きた道元禅師の法孫である」と書き、死を悼んだ。

児童養護の誠信会創設

 静岡県で児童養護施設などを経営する社会福祉法人誠信会を創設した長谷川明徳(1934~1988)は1956(昭和31)年卒。
 富士市の玉泉寺に生まれ、少年の頃から大の野球好きで大学野球部でも活躍、一時は、お寺を継ぐより球界に身を置くことを望んだが、禅僧として生きる道を選択。1958年9月、伊豆半島を襲った狩野川台風に遭遇、1200人を超える死者・行方不明者が出て、災害孤児も多数いたことから寺に引き取ったのをきっかけに児童養護施設「誠信少年少女の家」を開設した。当初は本堂などをベニヤ板で仕切ってこどもたちの部屋にし、風呂も五右衛門風呂だったが、托鉢(たくはつ)などで資金をつくり1941年には新施設を建てた。
 その後、富士山麓の大淵岩倉の地に広大な敷地を入手し児童養護施設「岩倉学園」を開設し勉強、スポーツ、遊びを通じて人づくりにあたったほか、特別養護老人ホーム、障害者支援施設など7施設、2診療所などにも事業を拡大、地域の総合福祉施設「ふくしの里」として運営、ソーシャルワーカー協会づくりなどにも奮闘中の1988(昭和63)年、54歳の若さで急逝した。
 理事長職を継いでいる長男の長谷川文徳・玉泉寺住職(東北福祉大卒)は「法人の理念は『群生和楽~すべての人々の幸福のため~』です。父は、普遍的な仏教の精神を大切にしたいと思っていた。また、禅(心の修業)によって正しい倫理を教え、人格を育てることが、こどもたちの人生を豊かにすると考えていたと思います」とかみしめる。

過疎地に高齢施設開設

 社会福祉法人東城有栖会を立ち上げた広島県庄原市東城町の徳雲寺の高原一如(いちにょ)住職は1958(昭和33)年卒で現在91歳。
 東城町は、中国山地の奥深い山間地。冬には雪の積もる厳しい環境。過疎化が進み、1959年に住職になった時から、高齢化と少子化に苦しむ地域の将来を見越し、養護老人ホーム開設を計画、1973年に東寿園をオープンさせた。さらに1981年には特別養護老人ホームを併設し4年後にデイサービスも始めた。その後、隣接する油木町(現神石高原町)にも特養ホームを開所したほか保育所の公設民営化を受託するなど、地域の福祉需要に応じて多くの福祉施設を手掛けた。

高原一如氏

高原淳尚氏

 高齢になった父を支え、介護現場の施設長などを務めた後、法人理事長を継いだ長男の淳尚(あつひさ)氏(庄原市、医王寺住職)も駒澤大卒で、1990(平成2)年同大学院卒。
 曹洞宗は、寺院を地域社会の「絆を深める場」に生かしたいと考え「一寺院一事業」運動を展開している。淳尚氏は、曹洞宗寺院福祉審議会の専門部会委員だったこともあり、後輩たちに次のように語り掛ける。
 令和の未来は「不透明」「複雑」「変動」の時代です。「なにが儲かるか」「何が楽なのか」でなく、どんな仕事や活動が、やりがいがあるのかを考えながら歩んでいただきたい。 

〈完〉

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