【明治学院大・下】人生、社会の課題掘り下げ

2026年0310 福祉新聞編集部

学生が押し寄せた賀川豊彦の講義は「協同組合論」に始まり、「経済心理学」も教えている。優れたレポート(論文)を書く学生10人をたたえ、とくに秀逸の3人へは自腹で奨学金を与えた。学生に慕われるはずだ。
彼の「協同組合原理」(梗概)の講義メモが白金キャンパス内の学院歴史資料館に保存されている。資本主義との政治的・経済的関係▽信用組合▽土地利用組合▽農協▽健康保険組合▽消費組合(現・生協)▽オーストラリアの成功事例〓など実に細かい。生協、農協などほとんどが現在へとつながる。「一連の運動はコミュニティーを大切にし、画期的なものだった」と賀川研究で知られる稲垣久和・東京基督教大学特別教授(74)=公共哲学=は評価する。

講義する賀川豊彦=歴史資料館所蔵

よき師たち
賀川の講義のやり方も独特だった。教科書はない。大きな紙に墨汁でポイント(単語)を大書しながら進む。学生にとって追いつくのは大変だったろう。「紙がいっぱいになったらめくって、新しい紙にするのがボクの役目でした」と笑うのは当時助教授の阿部志郎・元横須賀基督教社会館長(96)だ。
目前に控えた教授のイスをふり、終戦後間もなく再来日した恩師のエベレット・トムソン教授に乞われ、米海軍基地のある神奈川県横須賀市に教授がつくった館の運営を継いだ(1957年)福祉の人だ。ただし、非常勤講師として授業は続行。後年、明治学院や東京女子大の理事長、さらに神奈川県立保健福祉大学(2003年設立)の〝創立学長〟も任されている。人望はあつい。
かくいう阿部助教授もずっと教科書を使わなかった。ハンセン病患者の救済に生涯を捧げた井深八重(1897~1989、ナイチンゲール記章受章)や困窮者との出会い、沖縄の墓制などエピソードや人をたっぷり織り交ぜて「福祉の哲学(思想・歴史)」を語り、学生にモノを考えさせたという。社会学部社会福祉学科78年入学組の歴史資料館職員、小杉義信さん(63)は「難解ながら、実に中身の濃い授業だった」と思い出す。
後輩で、いま同科で教壇に立つ新保美香教授=公的扶助論=も「阿部先生の講義には引き込まれましたね。人生で向きあうべき課題を授かり、薫陶を受けた」という。「それに山崎美貴子先生(元副学長)からも最新の生きたケースワーク論を教えていただいた」と感謝を惜しまない。

社会学部の自立
さて、一再ならず経営上の〝お荷物〟扱いされた文学部社会学科の「福祉」領域だったが、東京の大学では初めて社会福祉学専攻の大学院(修士課程)を文学部研究科に置いた(60年)。アメリカ流のソーシャルワーク論が盛んになるにつれ、入学生は増加。5年後には文学部から独立し、社会学部(社会学科と社会福祉学科)として自立していく。
阿部館長の後任(2007年)として社会館長になった岸川洋治理事長(75)は、社会学部の第1期生だ。高校時代に受洗し、ふるさと福岡県から明学へ。石炭産業の合理化に苦しむ筑豊地域で明学や立教大、国際基督教大などキリスト教系大学の学生たちでつくる「筑豊の子供を守る会」が運動したのはこの時分だが、「当時の学生はセツルメントやボランティアなどに積極的で、実行力があった」と振り返る。住み込みボランティアとして館から通学し、卒業後もしばらく働いたが、親の介護でふるさとへ戻って教職につき、西南女学院大(北九州市)の学長・学院長などを勤めたキリスト者である。
それからやや間を置いて「スロープ問題」が学内を揺るがせた(朝日新聞1975年4月20日朝刊など)。中軽度の障害学生はすでに在籍。新たに重度重複障害のある青年(聴講生)が入試の願書を出したところ、大学側から受け入れ見合わせを通知され、社会問題に。結局、当人の夢はついえ、当時の渡辺栄学部長は「障害者問題に長期的に対応するには……あまりにも受け入れ体制は弱」く、「今でも心残りのする事件であった」と悔いている。
他大学に先がけて大学ボランティアセンターを立ち上げ、障害学生を合理的配慮の理念に沿って支援する現在から見ると隔世の感がある。学生時代、ボランティアサークルで障害学生の学習環境改善に向け活動した社会福祉学科の金子充教授(50)=社会政策論=は「当学科では社会福祉の思想や倫理、人権を重視する授業が多い。誇りです」と言う。

変わる意識
キャンパスは自由な雰囲気が漂う。「ともかく先生や職員は親切」と社会福祉学科3年の堀内聡太さん(22)。教会のホームレス支援でカレーを提供する活動に参加したことがあり、「福祉職の公務員志望です」。
この春、神奈川県内の自治体に正職員として就職する同4年の町長侑里さん(22)は、高校のころの部活で手話に接し、社会福祉への興味がわいたと話す。「ソーシャルワーク実習では、必要な援助とそのための財政など資源量との落差にジレンマを感じることもありました」と正直だ。
両教授によると、授業では社会分析に限らず、人生や社会の課題を掘り下げる話も持ち出す。「入学したばかりの学生は現実に驚くことも少なくありません。でも学ぶにつれ、生きづらさや社会の出来事の背景を理解し、自分たちに何ができるかを考え、実践するようになっていきます」と新保教授。
午後のチャペルアワー。礼拝堂のスピーカーから160年前と変わらぬ讃美歌が学生の行き交うキャンパスへ広がっていく。

(横田一)

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