障害者の足支えて82年 鉄道弘済会義肢装具サポートセンター(東京)

2026年0417 福祉新聞編集部
リハビリ中の入所者と話す佐藤さん(左)

 ひとりで立ち、歩きたい――。公益財団法人鉄道弘済会(森本雄司会長)の義肢装具サポートセンター(中野啓史所長)で、疾病や事故により手足を失った患者が社会復帰に向けリハビリに励んでいる。アスリートも支援、「スポーツに取り組むことで障害者はたくましく、自立していく」(臼井二美男義肢装具研究室長)と言う。

 広い貨物専用のJR隅田川駅を目の前に望むサポートセンター(東京都荒川区、鉄筋4階建て)。3階のリハビリテーション室で入所(入院)患者が理学療法士とマンツーマンで歩行訓練を続ける。

 「体重を義足へかけてみて」「断端部(切断した足の先端)は痛みますか?」

 部屋の外の通路では膝関節より上で右足を失った20代の女性が右手につえを持ち、ひとり黙々とゆっくり歩いている。健側と患側の両足の筋肉を強くする必要があり、とにかく歩く。2~3カ月入所し、筋力がついてくると電車で東京駅や浅草へ出掛け、エスカレーターの乗降などにトライするという。

 義肢といえば戦傷や業務災害、交通事故が原因との印象が強い。しかし、センターの2024年度の入所者63人の切断原因は骨肉腫といった悪性腫瘍や、糖尿病など疾患が52人(83%)と圧倒的。交通事故、労災など不慮の事故は11人(17%)と少ない。糖尿病で感覚のまひした下肢の傷からばい菌が入って壊え疽そを起こし、あるいは足に血栓や腫瘍ができるケースが多いという。

 患者の多くは身近な急性期病院で切断手術を受け、傷が癒えるとリハビリへ移る。だが、義肢装具に詳しい医師や理学療法士は全国的に数が少ない。このためセンターに32人いる義肢装具士の多くは要請に応じて関東エリアを中心に病院を飛び回り、義肢仕様の相談や断端部にはめるソケット部の採型などを行う。 

 「病院からの紹介患者のほか、全体の約4割は自分でセンターについて調べ、入所してきます」と仁科泰助医事訓練係長(50)。別に1日25人ほどが足の診察や義足の調整で来院する。

 センター職員に障害当事者がいるのも患者には安心感を与える一因だ。医事訓練課の佐藤茉莉さん(33)は3年前、原付バイクで走行中、右足を大型トラックにひかれて義肢に。目指していた介護福祉士の勉強は「障害者にはこの仕事はムリ」と専門学校で言われて断念した。幸い弘済会に所を得、義足ののぞくスカート姿で毎日電車通勤する。「よく席を譲ってくれます。人の優しさを知りました」と明るい。訓練中の入所者とも気軽に言葉を交わす。

「頑張ります!」と坂下選手(中央)。共にガッツポーズを決める森本会長(右)、臼井室長(左)=2月13日、サポートセンター。鉄道弘済会提供

 センターはスポーツ義足開発でも先端を行く。この分野のパイオニア、臼井室長(70)が義足ランナーを育てる陸上クラブ「ヘルスエンジェルス」(現・スタートラインTOKYO)を創設したのは1989年。以来、シドニー(2000年)からパラリンピック日本選手団のメカニックを担当。その技術を受け継ぐ義肢装具士の藤田悠介さん(38)は、3月のミラノ冬季大会で日本初参加種目の女子スノーボードに出場した坂下恵理選手(33)の義足(左下肢)を製作。2種目で入賞を果たし、「大きな経験を踏めた。次の4年に向けて頑張ります」とLINEでコメントした。

 スポーツ義足には成人・児童用とも公的な補助はない。臼井室長は「パラリンピックの影響か、78歳の男性が『テニスをやりたいから』と義足をつけに来た。80代の女性もいます」とうれしそう。一般向けには近年、膝継手部分に小型コンピューターをつけた義足(200万~500万円)まであり、「価格が下がれば利用者は増えていくでしょう」と期待している。


 鉄道弘済会 業務中けがをした国鉄(現・JR)職員を援護するため1932創立。戦後、社会福祉へ事業を拡大、駅売店「キヨスク」(87年の国鉄分割民営化でJR各社へ移譲)の利益などを充てた。身体、知的障害児者、高齢者の施設や不動産運営、出版(専門誌「社会福祉研究」)などを展開。職員1183人。

 義肢装具サポートセンター 44年「東京義肢修理所」の名で発足し、69年「東京身体障害者福祉センター」(新宿区)として再出発。2008年に現在地へ移り、今の名称に。有床診療所(12床)と義肢装具の製作・修理工場、機能訓練室が同じ建物にある国内唯一の民間施設で、義肢装具士のほか医師、看護師、理学療法士、ソーシャルワーカーらをそろえている。

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