〈論説〉元厚労次官の辻哲夫さん逝去 サムライの誇りと信念
2026年08月24日 福祉新聞編集部
辻哲夫元厚生労働省事務次官が7月30日亡くなった。家族葬がひっそり営まれ、訃報だけが届いた。
病名は十二指腸がん、79歳。この長生きの時代に、早すぎる「サヨナラ」だ。
長身、端正、頭脳明晰、品行方正~、欠点のないのが欠点で、厚生行政への情熱もすごかった。相手が誰でも、場所はどこでも、語り始めると止まらない「辻説法」は有名だった。紹介した人たちはそろって「サムライみたい」と評した。
いわゆる「キャリア」組は、まず国家公務員の総合職試験(旧・上級甲種)に臨む。応募2万人規模、合格者には成績順の「席次」がつく。辻さんは1桁。
「父も兄も医師、違う生き方をしようと(東大)法学部に進んだ。厚生省を選んだのは、医療に関係したい意識があったのかな」
1971年の入省、駆け出し時代から「エース」と評され、医療、年金、福祉の重要ポストを総なめにしながら上り詰めた。しかし、退官後の生き方がさらに見事であった。
「天下りは絶対しない」と何度か言った。関係団体への再就職には目もくれず2007年、小さな私大の教壇に立った。天下国家を論じる人には不似合いに思えた。やがて友人らの勧めで東大が設けた高齢社会総合研究機構の教授に転じた。
早速千葉県柏市の豊四季台団地(約1万人)を軸にする「柏プロジェクト」を始めた。市と東大と都市再生機構(UR)が一体で「住み続けられるまちづくり」に取り組む。辻さんらは「在宅医療」と「いきがい就労」を担った。
医師、看護師、介護職らに呼び掛け、話し合い、研修会と懇親を重ねた。かかりつけ医の訪問診療と緊急時の往診、訪問看護・介護との連携で自宅や福祉施設で安心して暮らせるネットワークを整えていく。
その過度の病院頼みから在宅医療への転換こそ、官僚時代から辻さんの悲願だった。高齢者の居場所と役割の確保もライフワーク。保育所や福祉施設や野菜作りの手伝い、利用者の送迎と〝就労の場〟を広げていく。まさに「地域包括ケアシステム」の先駆けだ。
2年前、医学部向けの分厚い「在宅医療・治し支える医療の概念と実践」を有志で執筆した。その初の在宅医療テキストを紹介すると、ずいぶん喜んでくれた。
次に会った時は、また大量の資料を手渡された。
「フレイル予防」。心身の活力が低下する要介護の手前から予防を始める。しっかり食べる・よく動く・人と交わる社会参加が3本柱だ。食事やゲームや運動を楽しみながら取り組む。
報告書から、高知県仁淀町、岐阜県安八町、神奈川県三浦市など各地で、フレイル予防に励む群像と、その意義を〝辻説法〟する姿がダブって見える。
時代を切り開く信念を持ち続けた生涯だった。
みやたけ・ごう 毎日新聞論説副委員長から埼玉県立大、目白大大学院の教授などを経て現職

