【日本福祉大・下】共生社会へ 学生 教員 NPO
2026年02月17日 福祉新聞編集部
2026人を無力感の淵(ふち)に突き落とす災害。救援活動は福祉系大学の大切なミッションだ。
日本福祉大が出来て3年目、中部地方は伊勢湾台風(1959年9月)に襲われた。台風災害としては明治以降最多の死者・行方不明5098人。約1割は知多半島の住民だった。名古屋市のゼロメートル地帯(南区弥次衛(やじえ)町)で故・浅賀ふさ教授をトップに、名古屋大などの学生らとともに展開した保育のヤジエセツルメントは有名だ。日福大の災害ボランティアの原点である。

伊勢湾台風の被災地へ向かう 故・浅賀教授(右から2人目)ら
3・11から
それからほぼ半世紀。地震、津波、原発事故の複合災害である東日本大震災(2011年3月11日)を機に、大学の災害ボランティアセンターが立ち上がった。学生は岩手、宮城へ。さらに三重県熊野水害(11年)、福井県若狭水害(13年)、広島水害(14年)、熊本地震(16年)、西日本豪雨(18年)など災害のたびにガレキの撤去やカンパ活動などを続けてきた。
「学生は最初、あまりの被害の大きさにショックを受け、立ちすくむ。しかし、やがて被災者と会話し、散歩などを共にして力のない自分たちも人を喜ばせることができると知り、変容していきます」。前・災害ボランティアセンター長の社会福祉学部長、野尻紀恵教授(57)=教育福祉論=は感心する。
いま学長の児玉善郎教授(62)=福祉環境論=も被災地へ行を共にしているが、偶然ながら、野尻教授ともども阪神・淡路大震災(1995年)に遭遇している。野尻教授は壊滅的な被害を受けた神戸市長田区の高校教員だった。一方、母校の神戸大建築学科で教えていた学長は高齢者の復興住宅計画に尽力した。
ボランティア活動で訪れた宮城県石巻市へ2014年に移り住んだ浅野基(もとき)さん(32)=子ども発達学部卒=は、いまカフェのオーナーだ。「帰郷あるいは転居した人もいるが、一時は全国各地から200人ほど市内に移住したと聞いている」という。「でも、支援する/されるという関係は長く続かない。地元に貢献できる形は何か、人としてどう生きるかを考えた末の決断です」。
自分は何者かを確かめんとする「終わりなき活動(action)」から、人と協働し復興に向けた「仕事」(work)ヘー思想家ハンナ・アーレント(1906~75)が『人間の条件』(志水速雄訳)で定義した通りに。
体験より
生き方そのものが学びへつながっていく例も枚挙にいとまがない。気管切開、胃ろうなど医療的ケア児の通う事業所「ほっと大田」(東京都大田区、社会福祉法人「むそう」経営)の管理者、瀬佳奈子さん(37)=社会福祉学部卒=は石川県の実家で小学生のころ、目の不自由な親せきを世話し、社会福祉士を志望した。「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」は昨年できたものの、「施設はまったく足りません。もっと生きる権利の保障を」と言う。
介護殺人(心中)など司法福祉研究の第一人者、社会福祉学部の湯原悦子教授(52)もヤングケアラーとして心を病む身内を長くケアした。「その苦労が私の研究の背景にある。講義でその話をすると、相談に来る学生が少なからずいます」と、ケアラーに対する支援制度の貧しさを指摘する。
経験に勝る教材はなかなかない。知多半島5市5町に〝共生の戦略〟「ちた型地域包括ケア」(0~100歳の地域包括ケア)のネットワークを広げるNPO法人「地域福祉サポートちた」(1999年設立)などの協力で、2年生は2008年から夏にサービス・ラーニング(地域貢献学習)としてNPO活動を体験する。「確実に〝市民性〟を身に付けてきます」と同学部の原田正樹教授(56)=地域福祉論=は目を見張る。
合わせて大学はNPOや行政、社協とともに17年から2年間、日本生命財団の助成研究(「0歳から100歳のすべての人が安心して暮らせる地域づくりをめざして」)を展開。学部の垣根を越えて延べ50人の教員が権利擁護、母子・家庭、認知症支援、単身生活者の援助、災害時ソーシャルケア支援など10テーマで協働研究に参画した。ここまで幅の広い実践はそうざらにはあるまい。
美浜キャンパス(愛知県美浜町)の玄関口・名鉄知多奥田駅の朝。学生と付属高の生徒が列をなして坂道を登っていく。丘の上の校舎からは西の伊勢湾が遠望できる。さて学生は何を考えているのか?
夢はさまざま
「小学生のころ交流していた特別支援学校の先生になり、『障害も個性なのだ』と教えたい」(コロナ禍でアルバイトが半減した子ども発達学部3年、稲本響樹(ひびき)さん)▽「フィールドワークで生活困窮者支援をした。大学院で『貧困の研究』をし、ケースワーカーに」(母が福祉施設で働く社会福祉学部3年、松本大樹さん)▽「障害者スポーツの楽しさを広めたい」(体育教師志望のスポーツ科学部3年、小池翔さん。姉も本学卒業生)-と、夢はさまざまだ。
そして今春、特別支援学校講師の職が内定している社会福祉学部4年、横山実来(みく)さんは「自由な雰囲気の、いい大学でした。若い人がもっと福祉に関心を持つ世の中にしたいです」と抱負を語った。
彼ら21~22歳の若き学徒が社会の中堅に成長するころ、福祉は果たしていかなる顔をしているであろうか。
(横田一)

