【日本社会事業大・下】「温かい心と冷静な頭脳」

2026年0210 福祉新聞編集部

2026日本社会事業大(社大)はいかなる人材を育てたいのか-横山彰学長(72)=公共経済学=は「〝Warm Heartsbut Cool Heads〟(温かい心と冷静な頭脳)を、すなわち校歌にある『忘我の愛(自分のことだけを考えず人を助ける)と智の灯』です」と言う。
このフレーズの原典はイギリスの経済学者、アルフレッド・マーシャル(1842~1924)のケンブリッジ大学教授就任講演(1885年)だ。経済学を志す者は「〝Cool Heads but Warm Hearts〟を持ち、繁栄の裏側も見よ」とロンドンのスラム街の見聞と社会の改良を促した。人間のための経済学たれ、と。ケインズ(1883~1946)の師だ。横山学長は語順を替えたわけだが、「本学にはもともと心の温かい学生が多い。大学では冷静な頭脳、知識を身に付けて欲しい」と説明する。

変わる学生像
社大伝統の社会調査は、このスラム街体験と相通ずる。しかし、1970年代に入ると調査件数は減り、いまや昔語りと言っても過言ではない。背景にあるのは、高度経済成長(1960年代)により貧困が減少する一方、公害、人口の高齢化、家庭機能の低下などに伴い福祉ニーズが多様化、高度化したこと。さらに学園紛争という〝政治の季節〟を抜け、「楽しいキャンパスライフ」ムードが台頭してきたことだろう。
特に73年の「福祉元年」以降、拡大する福祉施設と多様なサービスを担う質の高い人材の育成は急務になった。「社会福祉士及び介護福祉士法」(87年)などが整えられ、福祉系大学のカリキュラムはタイトになっていく。
「全員が社会福祉士の資格を目指すよう履修科目を組んでおり、学生も教員も以前のように1週間も社会調査へ充てるゆとりがなくなった」と蒲生俊宏教授は複雑な表情だ。だからと言って建学の精神を忘れかけているわけではないが、「校歌をみなで歌ったり耳にすることはほとんどありません」と、福祉援助学科4年の瀧山真衣さん(21)。
「しかし、学生の9割方は学んだ技術を生かして福祉施設などでアルバイトし、社会との接点は広い」と金子恵美・社会福祉学部長(63)。たしかに、親の会をルーツとする社会福祉法人と株式会社のグループホームを〝掛け持ちバイト〟し、違いを卒論にと頑張る女子もいる。

〝語り部〟たち
今年4月、約200人の1年生を対象にしたオリエンテーション。「初めまして。こんにちわ」。キャンパスとは指呼の間にある国立療養所多磨全生園(東京都東村山市)に住むハンセン病回復者、山内きみ江さん(87)の声と画像がパソコンに流れる。コロナ禍ゆえ例年の対話に代わり、学生の自宅や下宿などと結んでのリモートだ。いじめ、差別、偏見、65年間の園生活や断種手術、結婚などについて約30分間話した。続いて学生から「若者の自殺をどう思いますか」「私は生まれつき車いす。どうやって偏見や差別を乗り越えたんですか」など質問が上がる。
「神さまより授かった命。頭がよくなくてもいい、人のためになるよう長生きなさい」「車いすが自分の足だと思って大事に。足が2本あっても幸せとは限りません。(差別、偏見をなくすには)当人自身を含め、なんでも知ることです」
人生の苦節を刻んだ答えにはよどみがない。

担当の斉藤くるみ教授(65)=言語学=は「この対話を皮切りに、自然科学(感染のメカニズム)、文学(全生園の入所者だった作家・北条民雄論など)、言語学、社会学(「患者の告白」を読み解くなど)、教育学といった多角的な視点から半年かけて講義します」。1年生を対象に5年ほど前に始めた〝チェーンレクチャー〟だ。リベラルアーツ(一般教養科目)で「横串をさす学際的な学び」(潮谷義子・元理事長)である。
語り部の講義はもっと古く、15年ほど続いている。「偏見は無知ゆえと教えられました」と福祉計画学科4年の笹原舞さん(22)。ある4年生(21)は「高校時代までダウン症の妹の存在を外では口にできなかった。学友の助言もあり、今は抵抗ありません」。障害を色メガネで見ていたことに気付き、自分を開いていく。特別支援学校の先生を目指している。
昨秋には学長室直属の社会福祉研修センターを開設。近年目立つ児童虐待事件で地方自治体の福祉事務所や児童相談所の対応のまずさが社会問題化したこともあり、子ども分野のオンライン研修(10日間)をスタートした。現任(リカレント)教育だ。

社大のシンボル、母親がわが子を抱く「ウブゴエカラ灰トナリテマデ」像。

頭ばかりよくても…
それにしても社大の教育原理とは何か? たまたま同じ1981(昭和56)年3月に社大を退任した吉田久一(1915~2005)、五味百合子の両教授が対談している。
吉田「Aばかり並べ〔た学生を集め〕てそれですむという学校でもないでしょう」
五味「社会福祉系の学生ができることは、その問題を持ってきた人とともに悩むとか、一緒に模索するとか、共感を持って感ずることができるとか、話し合うことができるとか、問題の所在を見通す努力をするということ……じゃないですか」「福祉を必要とする人々の側に立って、社会の矛盾や欠陥と対決していく」(『続・社会事業に生きた女性たち』ドメス出版、1980年)
永遠に変わらぬ教えであろう。

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